表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/10

第5話:若き介護士とマブダチになる方法

「あ、シゲさん。お部屋のお掃除入りますね〜」


ある日の午後、サクラちゃん先生が掃除機を持って俺の部屋にやってきた。

俺――山中紫月(83歳・中身20歳)は、ベッドの上でいつもの「腰が痛い好々爺」を演じながら、「あぁ、サクラちゃん先生、いつもすまないねぇ」と細い声で応じた。


サクラちゃんは「いえいえ〜」と言いながらテキパキと手を動かしていたが、心なしかいつもより元気がなく、ため息混じりだ。


「……サクラちゃん先生、何か悩み事でもあんのかね? 元気がないようじゃが」


年の功を装って、優しく水を向けてみる。中身が20歳とはいえ、83年間(外見は)生きてきた男の包容力だ。


「え、あ、分かっちゃいます? ……実は、ちょっと彼氏のことでモヤモヤしてて」


最初は「デートの予定をドタキャンされた」とか「連絡が遅い」といった、よくある若者の愚痴だった。

俺も「まぁ、男っちゅーのは不器用な生き物じゃからな」なんて、枯れた老人のスタンスでふんふんと聞いていた。


しかし、サクラちゃんの愚痴は次第にエスカレートしていく。


「もう聞いてくださいよ! こないだの記念日、私の奢りでちょっと良い居酒屋行ったんです。なのにアイツ、私がトイレ行ってる間にインスタのストーリーに『#チルな夜』とか言って自分のカクテルだけアップしてて! しかも、よく見たら背景に私じゃない女のバッグがチラッと写ってるストーリーに『いいね』してたんですよ!? マジで意味分かんなくないですか!?」


インスタ。ストーリー。チル。いいね。

周りの年寄りなら「いんすた? 漬物のことかね?」とボケ倒すであろう単語のオンパレード。だが、俺の脳内ネットワークはそれらを完全に、鮮明に理解していた。


しかも、その男のムーブ、同じ20マインドとして、あまりにも「ダサい」。


「……ちょっと待て」


俺の声から、おじいちゃん特有の「掠れ」が消えた。


「え?」


掃除機を止めて振り返るサクラちゃん。

俺はベッドの上にすっくと(腰がピキッといかない絶妙なバランスで)立ち上がり、20歳の男の鋭い眼光でサクラちゃんを見つめた。


「サクラちゃん、それ完全にそいつ『クロ』だわ。記念日に彼女に奢らせといて、ストーリーでマウント取るとかマジでダサすぎ。しかも裏で別の女の影匂わせてるとか、配慮のレベルが低すぎて同じ男としてシンプルに引くわ」


「え……えええっ!? シゲさん!?」


サクラちゃんが目を見開いて硬直する。無理もない、さっきまで「ほう、ほう」と聞いていたおじいちゃんが、突然現役の大学生みたいなトーンで喋り出したのだから。


しかし、一度決壊した20歳マインドは止まらない。


「だいたいさ、本当に大事な彼女なら、トイレ行ってる間に他の女のチェックなんかしないって。今すぐLINEのレスバで詰めるか、一発『既読無視』カマして、向こうが焦って長文送ってくるまで放置した方がいい。サクラちゃんみたいな可愛い子が、そんなタイパの悪い男にコスト割く必要一切ないから!」


サクラちゃんは数秒間、ポカンと口を開けていたが、次の瞬間、パーッと顔を輝かせた。


「……めっちゃそれ!!! そうなんです! マジでタイパ最悪なんですよアイツ!!」


そこからは怒涛の20代トークの応酬だった。

マッチングアプリの引き際、最新のネットスラング、エモい音楽のプレイリスト、お互いの価値観――。


俺は見た目こそヨボヨボの83歳だが、言葉のドッジボールの速度は完全に22歳のサクラちゃんと同等、いやそれ以上だった。

サクラちゃんも、老人ホームの入居者と話していることを完全に忘れ、大学のサークルの先輩に相談するようなノリで、身振り手振りを交えて爆笑している。


「あははは! シゲさんヤバい! なんでそんなに分かるの!? 精神年齢若すぎません!?」


「フッ、若すぎじゃない、これが俺の『本性デフォルト』だからね」


ひとしきり盛り上がった後、外から他の介護士の足音が近づいてくるのが聞こえた。

二人はハッと我に返る。


「あ、やばい。怒られちゃう」


サクラちゃんが慌てて掃除機を構え直す。

俺は再び背中を丸め、ベッドに腰掛けて「あ、あう〜、腰が痛いねぇ……」と、いつものおじいちゃんモードに一瞬でシフトした。


サクラちゃんはそれを見てクスクスと笑いながら、ドアのところで振り返り、口元に人差し指を立てた。


「シゲさん、今の話……他のスタッフや、ヨシエさんたちには『絶対内緒』ね? 2人だけの秘密!」


「へへへ、分かっておるよ、サクラちゃん先生。ワシがこんなにキレキレだと知れたら、源さんあたりが嫉妬で夜も眠れんくなってしまうからな。……またいつでも、愚痴なら乗りに行ってやるぜ」


最後だけウィンクを交えて20歳のトーンで囁くと、サクラちゃんは「うん! またね、シゲ先輩!」と嬉しそうに部屋を出て行った。


一人残された部屋で、俺はガッツポーズを決める。


(フッ……秘密を共有する関係、これぞ青春の醍醐味アオハルだぜ……! ヨシエさんには悪いが、これで俺の悠々キャンパスライフも、さらに面白くなってきたな……ッ!)


中身20歳のシゲさん、まさかの介護士さんと「マブダチ」になり、ますますこの老人ホームから目が離せなくなるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ