第3話:爆誕! 老人ホームのガチ勢
「はーい、みなさん! 次は手遊びゲームですよ〜! 私の動きに合わせて、右、左、トントンってやってくださいね〜♪」
若い介護士のサクラちゃん(22歳)が、幼稚園の先生ばりの満面の笑みで手拍子を打つ。
周りの年寄りどもは「おっとっと」「こりゃあ脳トレになるわい」などと、カタツムリのような速度の動きに必死になっている。
だが、俺――山中紫月(83歳・中身20歳)の魂は、退屈のあまり限界を迎えていた。
(おいおいおい! ぬるすぎる! ぬるま湯すぎて風邪ひきそうだぜ! 右、左、トントン? テンポ40の四分音符かよ! こちとら20歳の全盛期マインド、求めているのはもっとこう……アドレナリンが脳汁ごと吹き出すような、コンマ数秒の反射神経の削り合いなんだよ!!)
とはいえ、隣の源さん(85歳)には絶対に負けたくない。
源さんが「おっ、間違えた」とモタついている隙に、俺は完璧なキレ(ただし83歳なりの速度)で「トントン」をキメてやった。
「へへん、源さん。ワシのほうが一手早かったようじゃねぇ」
「ぐぬぬ、シゲさん……調子に乗りおって」
ヨシエさん(79歳)が「シゲさん、リズム感が素晴らしいわ!」と褒めてくれたが、俺の飢えた20歳のゲーマー魂はこれっぽっちも満たされなかった。
ガマンの限界だ。
俺はサクラちゃんが「はーい、じゃあ次は〜」と言いかけたところで、スッと(腰に響かない角度で)手を挙げた。
「あのぉ、サクラちゃん先生……ワシ、こういう手遊びもええんじゃが、もっとこう……『スイッチ2』で遊びたいなぁ、なんて思うとるんじゃよ」
園内が静まり返った。
「すいっち……つー?」と首を傾げる年寄りたち。
サクラちゃんは目を見開いて驚いている。
「えっ!? シゲさん、スイッチ2知ってるんですか!? 先月発売されたばかりの、あの任天堂の最新ハード!?」
(フッ、当然だ。去年の今頃からリーク情報をずっと追ってたからな。4K対応だの携帯モードの進化だの、20歳の俺がどれだけ胸を躍らせていたか!)
「いやぁねぇ、孫が持っておってな。画面が綺麗で、こう……対戦ゲームなんかをやると、脳の活性化(若返り)にバッチリなんじゃないかと思うてな。ほれ、園のテレビに繋いで、みんなでやらんかね?」
隣で源さんが「すいっち2? なんじゃそれは。スイッチなら電気の壁にあるぞ」とボケているのを無視し、俺はサクラちゃんに20歳のピュアな子犬のような目(ただし白内障気味)で訴えかけた。
サクラちゃんは「うーん、実は私、私物のスイッチ2を休憩用に持ってきてるんですけど……。シゲさん、本当にできるんですか? ボタンたくさんありますよ?」と、半信半疑ながらもスタッフルームから神のハードを持ってきてくれた。
テレビに接続された大画面。
サクラちゃんが起動したのは、超定番のガチ対戦格闘アクションゲーム。
「コントローラー、こうやって持つんですよ。左のスティックで動かして、右のボタンで攻撃……」
「なるほど、なるほど。こうかねぇ……」
俺は震える手でコントローラーを握った。
その瞬間、俺の脳内ネットワークが20歳の全盛期モードと完全同期した。
(よし、ボタン配置はデフォルトか。キャラは……フッ、インファイトに強いこいつだ。いくぜ、悠々園を今日からeスポーツの聖地にしてやる……!)
「じゃあ、シゲさん、私と対戦してみましょう! 手加減しますからね〜」
サクラちゃんが笑顔でキャラを選ぶ。
対戦開始の合図とともに、俺の魂(20歳)が咆哮した。
(オラァッ! 隙ありィ!! 前ステップからの一撃、さらにコンボを繋げて――)
「オラオラオラオラァッ!!!」
ガガガガガガッ!!!
激しいボタン連打音がロビーに響き渡る。
俺の脳内では、完璧なフレーム単位のコンボが炸裂している――はずだった。
「ひゃああっ!? シゲさんすごい連打!……でも、それ、ガードボタン長押ししながら大パンチ空振りし続けてますよ!」
「えっ!?」
見ると、俺の操作するキャラクターは、画面の端っこで仁王立ちしたまま、虚空に向かって虚しく拳をブンブンと振り回しているだけだった。
(クソッ! 脳内(20歳)では『波動拳からの中パンチ、そしてキャンセル超必殺技』のコマンドを入力したはずなのに、83歳の指の筋肉が1ミリも追いついてねぇえええ!!!)
指が! 関節が固すぎて、斜め入力が完全に化けて(ミスに化けて)いる!!
「何をしておるんだ、シゲさん。こうか! 叩けばいいんだろ!」
見かねた源さんが、もう一つのコントローラーを分捕って乱入してきた。
源さんはコマンドなど一切無視。
昭和の頑固親父よろしく、コントローラーを親指の腹で親の仇のようにグイグイと力任せに押し潰している。
「あぁっ! 源さん、そんな力入れたらボタンが!」
「黙れぃ! 押し通るッ!!」
画面の中では、俺の「虚空ブンブン丸」と、源さんの「その場で大ジャンプを繰り返すだけのキャラ」が、1ミリも噛み合わない泥仕合を繰り広げていた。
時間だけが静かに流れる。
俺はコマンドを成立させようと焦るあまり、指がつりそうになっていた。
「たたた、助けてくれ……指が、『くの字』に曲がったまま戻らん……!」
「わしも、親指の皮が擦り切れて痛い……!」
結局、どちらも一太刀も浴びせられないままタイムアップ。
体力ゲージの初期微差で、源さんのキャラがほんの少しだけ勝っていた。
「ハ、ハハハ……勝ったぞ、シゲさん……格闘技なら、わしの勝ちだ……」
親指を真っ赤に腫らした源さんが、ハァハァと息を切らしながら勝ち名乗りを上げる。
「あらあら、お二人とも熱くなりすぎですよ〜」
サクラちゃんが苦笑いしながら、俺の引き攣った指を優しくマッサージしてくれる。
それを見たヨシエさんが、パチパチと上品に拍手をしながら言った。
「まぁ、お二人とも画面の中でダンスを踊っていらしたのね? 息がぴったりで、とっても可愛らしかったですわ」
(だ、ダンスだと……!? 20歳の俺が、命を削り合う格闘ゲームで『可愛いダンス』と言われる屈辱……!!)
最新ハード『スイッチ2』をもってしても、83歳の肉体の壁は厚かった。
俺はサクラちゃんの手の温もりに癒されながら、心の中でリベンジを誓うのだった。
(次は絶対にマリオカートだ……! あれなら、アクセルボタンを押しっぱなしにするだけでいいからな……ッ!!)




