第2話:敵は「静電容量方式」と「極度の乾燥肌」
講座名:『はじめてのスマートフォン』にて。
「はーい、おじいちゃん、おばあちゃん。まずは画面を優しく『ポン』と叩いてみましょうね〜。これを『タップ』と言います」
地元の女子大生ボランティアが、幼稚園の先生のような優しい声で語りかける。
周りの年寄りどもは、「ほう」「画面が光ったがね」と、まるで文明開化に立ち会った明治の民のような声を上げている。
だが、俺――山中紫月(83歳・中身20歳)は違った。
(フッ……ナメられたもんだぜ。タップだと? こちとら20歳のデジタルネイティブ。倍速動画のシークバー移動も、SNSのタイムライン爆速スクロールも、脳内では完璧にマスターしてるんだよ。お姉さん、悪いが俺の『神域のスワイプ』で驚かせてやるぜ……!)
俺の脳内イメージは、完全に音ゲーのプロゲーマー。
ターゲットは、お勧めに出てきた最新のショート動画だ。これを一瞬でスワイプし、次の動画へ次へと進む。
(いくぜ……俺の超高速親指捌き(ゴッド・スワイプ)――ッ!!!)
シュッ!!!
……。
…………。
画面、微動だにせず。
(あれ!?)
おかしい。俺のゴースト(魂)は確かに光速のフリックを繰り出したはず。だが、スマホの画面は冷酷にも、1ミリも動いていない。
「……んん? おかしいな。もう一発!」
シュシュッ!!!
「痛っ!!!」
強めに画面を擦った瞬間、乾燥しきった親指の皮がスマートフォンのガラス面に引っかかり、あかぎれ寸前のピキッとした痛みが走った。
「クソッ、なぜ反応しない……!? 俺の脳内コマンドは確実に200bpmを超えているはずだぞ!」
焦る俺の前に、冷酷な現実が突きつけられる。
スマートフォンの画面は、指先の微弱な静電気を感知して動く仕組み。しかし、83歳の俺の指先は、砂漠のようにカサカサで油分が1ミリグラムも残っていない。
さらに言えば、指の腹のシワが深すぎて、センサーが「これ、人間ですか?」と認識を拒否しているレベルなのだ。
「シゲさん、どうしたの? 難しい顔して」
隣の席のヨシエさん(79歳)が、心配そうに覗き込んできた。
(いかん! ヨシエさんの前でダサい姿は見せられない!)
「いやぁねぇ、ヨシエさん。どうもこの機械、ワシの言うことを聞いてくれんのじゃよ。ほれ、こうやって……」
何食わぬ顔で、今度は人差し指で画面をじっくりと押してみる。
――感知しない。
ならばと、少し指を湿らせようと、つい「ペロッ」と舌先で指を湿らせてしまった。
(ああっ、お盆に一万円札を数えるジジイの仕草(最悪の悪手)をやってしまった……!! 20歳の俺が一番嫌悪していた、あの仕草を……!!)
絶望する俺をよそに、湿った指で画面を触ると、今度は「あいうえお」の「あ」が連打され、検索窓に『ああああああああああ』と謎の呪文が並んでいく。
「あら、シゲさん、もう文字入力ができるなんてすごいですわ!」
「いや、これは、その……現代アート的なメッセージというか……」
冷や汗が止まらない。
「ハハハ! シゲさん、スマホは力任せじゃダメだよ。愛を持って接しなきゃ」
通路を挟んだ向こう側から、憎きライバル・源さん(85歳)の声が響いた。
見ると、源さんはドヤ顔でスマホを操作している。その手には――100円ショップで買ったと思しき、先端が丸いタッチペンが握られていた。
チョン。スゥーッ。
「おっ、次のページにいった。ヨシエさん、これ便利だよ。指がカサカサでも関係ないんだ」
「あら本当! 源さん、スマートねぇ」
(タッチペンだとォォ!? 邪道だ! そんなスタイラスペンに頼るなんて、ガジェットへの冒涜だろ!! スマホは指で操作してこそナンボだろうが!)
だが、現実問題、俺の素手(砂漠仕様)では戦えない。
プライドを捨てるか、ヨシエさんの前で無能を晒し続けるか。
20歳の俺のプライドが激しく葛藤した結果――俺は、誰も思いつかない「第3の選択肢」に打って出ることにした。
俺はスマホを机に置いた。
そして、人差し指ではなく、自分の「鼻の頭」を画面に近づけた。
(人間の身体で、最も皮脂が分泌されやすく、かつ適度な弾力がある場所……それは、Tゾーン(鼻)だ……!!!)
「シゲさん!? 何をして……」
ヨシエさんが目を見開く。
俺はそのまま、鼻の頭を画面に軽く押し付け、クイッと首を振った。
――シュッ。
画面が、滑らかに、そして美しく次の動画へと切り替わった。
(勝った……!!! 完璧なスクロールだ!!!)
「おおお! 動いたぞ!」
思わず叫ぶ俺。
「あら、シゲさん……顔で操作するなんて、最先端の機能(顔認証的な何か)を使ってらっしゃるのね!?」
ヨシエさんが目を輝かせて拍手を送る。
「まあ、ねぇ……ちょっとした『裏技』ですよ、へへへ(よし、誤魔化せた!)」
ドヤ顔で鼻を高くする俺。
しかし、そんな俺の耳に、ボランティアの女子大生のお姉さんの優しい声が届いた。
「あ、おじいちゃん、画面に鼻の脂べったりついちゃってますよ〜。ウエットティッシュ使いますか?」
ロビー中に響き渡る笑い声。
隣で勝ち誇ったようにタッチペンを振る源さん。
(クソッ……! 精神がどれだけ20歳でも、分泌される油分は紛れもなく83歳(オヤジ臭つき)のそれだったか……!!!)
俺のデジタルライフの夜明けは、まだ遠い。




