第1話:20歳(83歳)の愛憎劇は、いつも突然に
「あら、シゲさん。今日も日向ぼっこ? お元気そうで何よりねぇ」
「いやぁ、トメさん。おかげさまでねぇ。腰は痛むが、お迎えが来るまではのんびりやりますよ。へへへ……」
ゲートボール場のベンチで、俺――山中紫月(83歳)は、フフフと力なく微笑んでみせた。
見た目は完璧な好々爺。背中は丸まり、歩行器が手放せない。
だが、騙されてはいけない。
中身は20歳のイケイケな大学生のままだ。
脳内では、トメさん(84歳)のシワの数を数えながら、こう毒づいている。
(クソッ! 今日も平和すぎてあくびが出るぜ! 周りを見渡せば、右も左も『昨日食べた朝飯のメニュー』を思い出すのに15分かかるロートルばかり。おいおい、誰か俺と最近のトレンドとか、激しい恋の駆け引きの話をしてくれる奴はいないのかよ!?)
そんな退屈な日々に、稲妻が走った。
今月入居してきた新入りのマドンナ、ヨシエさん(79歳)だ。
彼女は70代という若さ(園内比)ゆえのハリを残し、上品なパールのネックレスがよく似合う。
俺のハートは一瞬で20歳の青春モードに逆戻りした。
(おいおい、めちゃくちゃタイプじゃん……。よし、あのお堅いハニーを俺のテクニックでオトしてやるぜ)
翌日のレクリエーション(折り紙)の時間。俺はヨシエさんの隣の席を陣取った。
狙うは、「不器用な男が、ふとした瞬間に見せるギャップ萌え」作戦だ。
「……あ、あれ? ヨシエさん、これどう折るんだっけかねぇ? 手先が震えちゃって、鶴の首が折れんのじゃよ」
震える手で折り紙を差し出す。我ながら完璧な「可愛いおじいちゃん」の演技。
「あら、シゲさん。貸してごらんなさい。こうやって、端と端をきれいに合わせるのよ」
ヨシエさんが優しく俺の手の上に自分の手を重ねる。
キタ。完全につり橋効果(※吊り橋ではない)発動。
俺の心臓は20歳のビートを刻み、アドレナリンがドバドバと溢れ出る。
(よし、ここで一気に距離を詰める! 「今夜、僕の部屋で温かい緑茶でもすすりながら、人生の夜明けについて語り合わないかい?」って誘うぜ!)
口を開こうとした、その瞬間――。
「ほら、シゲさん。ヨシエさんを困らせちゃダメでしょ!」
乱入してきたのは、長年のライバル(と俺が勝手に認定している)源さん(85歳)だ。
源さんは、自慢のフサフサな白髪をかき上げながら、ヨシエさんに自家製の干し柿を差し出した。
「ヨシエさん、これ田舎から送られてきたんだ。食べると肌がツヤツヤになるよ」
「あら、源さん、素敵! いただきますわ」
(何が干し柿だコノヤロウ!! ナンパの小道具に渋柿の加工品を使うな! 昭和初期か!!)
愛と憎しみは紙一重。
ヨシエさんを巡る、俺(中身20歳)と源さん(中身相応)の音なき戦いが始まった。
舞台は午後のゲートボール場。
「シゲさん、そこからじゃ第一ゲートを通すのは無理だよ。若い頃のようにはいかないさ」
源さんがニヤニヤしながら挑発してくる。
ヨシエさんはベンチで「がんばってー」と上品に手を振っている。
(あぁん? 舐めるなよジジイ。こちとら精神年齢20歳、脳内シミュレーションでは完全にプロゴルファーの軌道が見えてんだよ!)
俺は歩行器を投げ捨て、スティックを構えた。
背筋を伸ばし、全神経を球に集中させる。
(見せてやるぜ、俺のライジング・インパクト――ッ!!)
カツンッ!!!
放たれた球は、完璧な直線を描き――そのまま源さんの弁慶の泣き所に直撃した。
「ぎゃああああああっ!! 俺の脛がぁぁぁ!!」
「あ、あら大変! 源さん!」
駆け寄るヨシエさん。痛みに悶絶する源さん。
そして、渾身のショットの反動で思いっきりギックリ腰を起こし、その場に崩れ落ちる俺。
「痛たたた……! 腰が、俺のL4・L5(腰椎)がぁぁぁ!!」
夕暮れ時。悠々園のロビー。
湿布の匂いを漂わせながら、俺と源さんは並んで車椅子に揺られていた。
「……シゲさん、お前、わざとやっただろ」
「なんのことかねぇ、源さん。手が滑っちゃってねぇ……(ケッ、仕留め損ねたぜ)」
そこへ、ヨシエさんが通りかかる。
「お二人とも、お怪我は大丈夫? 殿方って、いくつになってもやんちゃなんだから」
クスッと微笑むヨシエさんを見て、俺と源さんは同時に顔を見合わせ、フッと鼻で笑った。
(フッ……悪くない。このヨシエを巡るデス・ゲーム、簡単に勝てちまったら面白くねぇからな。待ってろよハニー、明日の朝食のヤクルト、俺のを半分分けてやるからな……!)
こうして、体年齢83歳、精神年齢20歳のシゲさんの熱い夏(と冷え性の冬)は、まだまだ続くのだった。




