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第2章 芳一堂と琵琶

夜になり、雨が振り出した。

早めにホテルに戻り、正解だったなと仲間の誰かが言った。

祐希は水滴の流れる窓から外を眺め、琵琶の事を思い浮かべていた。

芳一を祀るお堂で拾った琵琶を祐希は、なぜか離し難かった。このままでと思っていたところを悟に諌められた。

心残りを持ちながら、祐希は赤間神宮の社務所に届けた。

対応に出てきた宮司見習いが、ぼそりと


「またか…… 」


「よくあるんですか?」


祐希が聞き返すと、しまったという表情を浮かべる。


「はぁ~、ここだけの話ですよ…」


と言って話してくれた内容は、時期は決まってないが、琵琶が芳一堂の脇に置かれているらしい。社務所で預かっても、気づけば消えているらしい。


「げっ、怪談めいてきた」


雄二が嫌な顔をするのを晋一はニヤニヤして見ていた。

宮司見習いは肩を竦めて


「まぁ、持ち主が現れたんでしょうね……」


歯切れが悪い。

いつの間にか消えていることには触れなかった。

宮司見習いの表情は無理に笑っているようだった。


(あの琵琶···引取り手がないなら、僕にくれないかな)


プルプルプル――。


ベッドサイドの電話が鳴った。

祐希は受話器を取り上げる。

フロントからだった。

来客を告げられる。

知り合いはいないはずなんだがと訝しんでいると、来客は琵琶の持ち主だと言われた。


「すぐに伺います」


祐希はロビーへと急いだ。

フロントに尋ねると、入口近くのソファーを示された。

女性は静かに目を伏せ、会釈をした。

年齢は分からない。

若くもあり、年老いても見えた。

墨染めに近い色のワンピース。

女性の横には古びた和装袋に入れられた琵琶があった。


(あの琵琶だ……)


「琵琶を届けてくださったとか」


哀切を帯びた美しい声。

赤間神宮で聴いた琵琶の音色のようだった。


「いえ、見つかって良かったですね」


「ありがとうございました……大切な琵琶ですの」


「そう…何ですね……」


琵琶が持ち主の元に戻ったことに悠希は落胆する。


「お礼をしたいのですが…」


「なら…琵琶を、琵琶を聞かせてください」


女性がうっすらと笑みを浮かべる。


「この後、琵琶を弾く予定がありますの。ご一緒されますか」


悠希は頷いた。

女性は立ち上がり、ロビーの奥へ歩き出した。

悠希は導かれるように後を追った。




小さな部屋だった。

悠希の前には、琵琶を斜めに構えた女性が正座している。

琵琶の弦を白く細い指が押さえた次の瞬間、


ビィィィン――


撥が音を静かに奏で始めた。

奥ゆかしく、静かな音色。


ジジジ……


繊細で寂し気な独特のノイズが混じる。

背後に人の気配をうっすらと感じた。


ビィィィン――


一転、激しく掻き鳴らされる。

荒々しいはずの音は、なぜか胸を締めつけた。

今は昔の物語。

武者たちの海の上での戦いを思い起こさせた。


ビィィィン――


破滅に導くような悲しくも儚い音色。

悠希は泣きそうになった。

最後の音を紡ぎ、琵琶の音が止み、人の気配も消えた。

ほうっと、ため息が出た。


「……弾いてみますか?」


女性が撥を差し出した。

悠希は手を伸ばすのを躊躇った。


「どうぞ……」


「僕は…弾けません……」


「大丈夫……琵琶に任せて」


女性は微笑んで


「琵琶が弾いてくれますから」


触れることを恐れるように止まっていた手で撥を受け取った。

悠希は琵琶に触れる。

指先に冷たさが走った。

体が自然に琵琶を構えた。

手に持った撥が弦を弾く。

悠希の手の中で琵琶が鳴った。


ビィィィン――


琵琶の音が波の音と潮の匂いを運んでくる。

微かな哀切を含んだ音は海に沈む者の断末魔。

赤い幟をたなびかせた何艘もの船。

船上には武将と十二単を着た女房たち。

幼い子を抱く尼の姿。

女性のぞっとするような微笑み。


「魅入られましたね」


雨はいつの間にか止んでいた。

古い社が下弦の月の光を浴び、浮かび上がる。

琵琶を弾く悠希の周りを青白い炎が漂っていた。



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