第二章 第三話「救うか、見捨てるか」
炎は、すでに村を飲み込み始めていた。
木が爆ぜる音。
崩れ落ちる屋根。
逃げ惑う声。
「助けてくれ……!」
その声が、耳に刺さる。
義経は足を止めなかった。
迷いはないはずだった。
「行くのか」
背後の声。
振り返らない。
「当然だ」
短く答える。
「目の前で死なせる気はない」
「なるほど」
どこか愉しむような気配。
「では、見てみよう」
炎の中へ飛び込む。
熱が肌を焼く。
それでも義経は進む。
崩れた家の中から、子どもの泣き声。
「そこか!」
扉を蹴り破る。
煙の中、小さな影。
「大丈夫だ」
抱き上げる。
軽い。
震えている。
「もう安心しろ」
その瞬間。
視界が揺れた。
一瞬だけ、別の光景が重なる。
暗い室内。
倒れている誰か。
血。
そして――見覚えのある顔。
「……っ」
息が詰まる。
あれは、“あの夜”。
本来、義経が死ぬはずだった場所。
「理解したか?」
耳元の声。
「今、お前が救った命」
「それが何と入れ替わるのか」
義経の動きが止まる。
腕の中の子どもが震えている。
「……誰が、死ぬ」
低い声。
「さあな」
影は淡々と答える。
「だが一つだけ確かだ」
「必ず、誰かだ」
炎が強くなる。
天井が軋む。
時間がない。
外に出れば、この子は助かる。
だが――
「……くそっ」
歯を食いしばる。
選択は、単純なはずだった。
救うか、見捨てるか。
だが今は違う。
救えば“誰かが消える”。
(俺の代わりに……?)
その思考が、義経を縛る。
「どうする、義経」
影の声。
「お前はもう、無垢な救い手ではない」
「選べ」
炎が崩れ落ちる。
限界だ。
子どもがかすれた声で言う。
「……たすけて」
その一言で、すべてが決まった。
義経は顔を上げる。
「決まっている」
次の瞬間。
炎の中を駆け抜ける。
外へ。
光へ。
背後で、何かが崩れる音。
だが振り返らない。
腕の中の命だけを抱えている。
外に出た瞬間。
冷たい風が頬を打つ。
助かった。
そう思った、その時――
遠くで。
人が倒れるのが見えた。
「……あ」
義経の声が震える。
それは、見覚えのある影だった。
救いは終わらない。
その代わりに。
確実に、何かが消えていく。




