第二章 第二話「消えたはずの命」
夜だった。
村の奥で燃え上がる炎が、空を赤く染めている。
「くそっ……!」
義経は駆けた。
悲鳴。
泣き声。
倒壊する音。
炎の中、人々が逃げ惑っている。
「水を運べ!」
「子供がまだ中に――!」
混乱。
地獄だった。
義経は迷わず火の中へ飛び込む。
熱風が肌を焼く。
だが止まらない。
奥から子供の泣き声が聞こえた。
「そこか!」
崩れかけた柱を蹴り飛ばす。
煙の奥。
小さな少女が倒れていた。
「大丈夫か!」
抱き上げる。
少女は弱々しく目を開けた。
「……おにい、ちゃん……」
「喋るな」
義経は外へ走る。
直後。
背後で建物が崩落した。
轟音。
あと一歩遅れていれば、死んでいた。
外へ飛び出す。
村人たちが駆け寄った。
「助かった……!」
母親らしき女が泣き崩れる。
少女を受け取り、何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
義経は小さく息を吐く。
救えた。
今度は間に合った。
そのはずだった。
――だが。
「……?」
違和感。
周囲の空気が、急に静まり返る。
誰も喋らない。
いや。
喋れなくなっている。
村人たちの表情が凍っていた。
「……どうした」
義経が振り向く。
その瞬間。
少女の身体が、透けた。
「……え?」
母親の声が震える。
少女の輪郭が崩れていく。
光の粒のように。
砂が風にさらわれるように。
「な、何だこれは……!」
義経が手を伸ばく。
だが触れられない。
少女は泣きながら、消えていく。
「おかあ……さん……」
最後の声。
そして――
完全に消えた。
静寂。
誰も動けない。
母親だけが、震えていた。
「……あれ?」
女は呟く。
涙を流しながら。
「私……誰を……」
記憶が消えていく。
義経は目を見開いた。
理解してしまった。
“修正”だ。
世界が、無理やり帳尻を合わせている。
救った命を――
存在ごと消して。
「……ふざけるな」
怒りが込み上げる。
その時。
背後から、あの声がした。
「だから言っただろう」
影。
黒い輪郭。
揺らぐ存在。
「均衡は必ず取られる」
義経は振り返る。
殺気が溢れる。
「貴様……!」
刀を抜く。
だが影は動かない。
「斬れないよ」
静かな声。
「俺は原因じゃない」
「この世界そのものだ」
義経の呼吸が荒くなる。
「なら、壊せばいい」
「こんな世界……!」
影は初めて、わずかに笑った。
「できるならな」
次の瞬間。
義経の脳裏に映像が流れ込む。
炎。
崩れる城。
無数の死。
そして――
泣いている“自分”。
「……っ!」
頭を押さえる。
視界が歪む。
「お前は、まだ知らない」
影の声が遠く響く。
「誰を救おうとしているのかを」
風が吹いた。
気づけば影は消えていた。
残されたのは炎。
沈黙。
そして――
少女が最初から存在していなかったかのように振る舞う村人たちだけだった。




