幕間
その後、誰も語らなかった。
静かな部屋だった。
時間が止まったように、ただ光だけが月光だけが窓を横切っていた。
「……まだ、起きないのか」
誰かが呟く。
視線の先には、敷布団に横たわる男がいた。
トシノリ。
呼吸はある。
脈もある。
だが、目を開けることはない。
「意識は……戻らないらしい」
別の声が静かに言う。
原因は分からない。
ただ一つだけ、共通している感覚があった。
“あの夜”を境に、すべてが変わった。
何が起きたのか、誰も正確には思い出せない。
ただ――
「何かが違う」
その感覚だけが残っている。
言葉にならない違和感。
説明できない空白。
窓の外では風が吹いていた。
いつもと同じはずの風。
それなのに、どこか欠けている。
まるで本来そこにあるはずの何かが、最初から存在しなかったかのように。
その頃。
遠く離れた地で、一人の男が空を見上げていた。
源義経。
理由はない。
ただ胸の奥に、言葉にならない引っかかりがある。
「……妙だな」
ぽつりと呟く。
何かを忘れている気がする。
だが、それが何かは分からない。
思い出そうとした瞬間、胸の奥がわずかに痛んだ。
「……気のせいか」
そう言って目を閉じる。
だが違和感は消えない。
むしろ、形を変えて残り続ける。
風が吹く。
その一瞬、視界の端に“影”が揺れた気がした。
振り向く。
誰もいない。
当然のはずだ。
そこにいる理由など、もうどこにもない。
それでも確信だけが残る。
「……何かが、あった」
その声は風に溶ける。
世界は何事もなかったように続いている。
だが確かに、どこかが欠けている。
そしてその欠損は、まだ誰にも“名前を持っていない”。




