第一章 第四話「生き延びた者の重さ」
夜は、静かすぎた。
炎の気配はもうない。
戦の音も遠い。
あるのは風と、呼吸だけ。
「……ここまで来れば」
源義経が、ぽつりと呟いた。
本来なら、あの場所で終わっていた命。
「助かった、のか……」
その声に、喜びはなかった。
トシノリは座っていた。
肩で息をしながら、ただ地面を見つめている。
「……おい」
義経が声をかける。
「大丈夫か」
トシノリは顔を上げる。
だが、その目はどこか焦点が合っていない。
「……ああ」
返事はある。
だが、“中身が薄い”。
――何かが抜けている。
確かにそう感じる。
胸に空白がある。
大事なものを失った感覚だけが残っている。
だが、それが何なのか分からない。
「……なんで、俺……」
言葉が途切れる。
「こんなに……何か、無くなってるのに」
乾いた笑いが漏れた。
義経は黙っていた。
やがて静かに問う。
「お前は、何を捨てた」
トシノリは答えられない。
分からない。
本当に分からない。
「……でも」
それでも言葉を探す。
「これで、よかった気がする」
義経の目が、わずかに揺れた。
「そうか」
短く、それだけ言う。
沈黙。
風が草を揺らす。
「名は」
義経が問う。
「……トシノリ」
「トシノリ、か」
義経はゆっくり頷く。
「俺は、もう一度生きることになった」
一拍。
「だが、その先はまだ分からん」
白紙の未来を持つ男の声だった。
「……いいんじゃないか」
トシノリがぽつりと言う。
「分からない方が」
義経は少しだけ目を細める。
「お前は、不思議な男だな」
「そうか?」
「自分を失いながら、他人を救う」
その言葉に、トシノリは少し考えて――
「……そうなのかもな」
どこか他人事のように笑った。
その瞬間、風が変わる。
ふわりと、懐かしい香り。
レモンバーベナ。
トシノリの指がわずかに震える。
「……なんだ、これ」
胸の奥がざわつく。
温かさと、切なさが同時に押し寄せる。
だが――思い出せない。
ルルは少し離れた場所に立っていた。
その様子を静かに見つめている。
「……進みましたね」
誰にも届かない声で呟く。
その瞳には、わずかな涙が浮かんでいた。




