第一章 第三話「失う光、残る影」
炎は、すぐそこまで迫っていた。
熱が肌を刺す。
時間は、もう残されていない。
「それでも――救いますか?」
ルルの声が静かに響く。
トシノリは目を閉じた。
浮かぶのは記憶だった。
笑った日。
何気ない会話。
小さな温もり。
そして――白い存在。
「……ルル」
無意識に、その名を呼んでいた。
胸が締めつけられる。
もし、それが消えるとしたら。
「……っ」
息が詰まる。
怖い。
それが、正直な感情だった。
「トシノリ様」
ルルの声は変わらない。
優しく、静かで、逃げ場のないほど寄り添う。
「選択とは、“何を守るか”でございます」
守る。
その言葉が胸に刺さる。
トシノリは目を開けた。
視線の先。
源義経が立っている。
終わりを受け入れた顔。
救われなかった人間の顔。
――このままでいいのか?
答えは、もう決まっていた。
「……救う」
声は震えていた。
それでも、確かだった。
ルルがわずかに微笑む。
「承知いたしました」
その瞬間、空気が変わる。
世界が重く沈む。
「対価を受領いたします」
胸の奥に、冷たい何かが触れた。
そして――引き抜かれるような感覚。
「――っ!」
痛みはない。
だが確かに、“何かが消えた”。
「……今の……何だよ……」
息を荒くしながら呟く。
ルルは答えない。
ただ一瞬だけ、目を伏せた。
そこにあったのは、悲しみだった。
だがトシノリは気づかない。
もう、その“何か”を認識することができない。
違和感だけが残る。
「……いい」
トシノリは顔を上げた。
「それでもいい」
義経を見る。
「行くぞ」
その一言で、世界が動いた。
トシノリは駆け出す。
炎の中へ。
終わりへ向かう流れに抗うように。
「こっちだ!」
義経がトシノリの腕を掴む。
今度は確かに触れられる。
「……なぜだ」
義経が問う。
トシノリは少しだけ迷い――
「分からない」
そう答えた。
「でも、放っておけなかった」
それが本音だった。
義経は目を見開き、そして――
わずかに笑った。
「……そうか」
その顔は、すでに終わる者のものではなかった。
まだ“選べる人間”の顔だった。
炎を抜ける。
夜を駆ける。
運命をずらすように。
その背後で、本来の結末が静かに崩れていく。
ルルは一人、立っていた。
その光景を見つめながら。
「……よろしゅうございましたか?」
誰にともなく呟く。
答えはない。
ただ確かなことが一つ。
トシノリは、何かを失った。
それが何かを知るのは、まだ先の話。
そしてそれは――
あまりにも大きいものである。




