第二章 第十二話「帰還点」
二章 第十二話「帰還点」
光が、あった。
それは“出口”の光ではない。
何かを終わらせるための光でもない。
ただ——「戻るための光」だった。
義経は、その中心に立っていた。
いや、正確には「在っていた」。
形は、もう完全ではない。
記憶も、輪郭も、少しずつ薄れている。
それでも、はっきりしているものが一つだけあった。
「……まだ、戻れます」
ルルの声。
静かで、揺れている。
これまでで一番、人間に近い声だった。
「戻る?」
義経は、わずかに笑う。
「どこへだ」
「あなたが選んだ“始まり”へです」
光が揺れる。
その奥に、かすかな景色が見えた。
あの村。
救った命。
失われたはずの弁慶の気配。
すべてが、まだ“可能性”として残っている世界。
義経は、黙った。
選び直し。
それは、否定ではない。
やり直しでもない。
ただ——
「……全部、なかったことにするのか」
その問いに、ルルは即答しなかった。
珍しい沈黙だった。
そして、ようやく言う。
「違います」
「“なかったこと”にするのではありません」
「“一つの結末として確定させる”のです」
義経の意識が、わずかに揺れる。
「どう違う」
「あなたは救いました」
「そして、その代償も受けました」
「ですが今、このままでは——すべてが“未完成のまま崩れ続ける”」
光が、わずかに強くなる。
「だから」
ルルは続ける。
「あなた自身が、“結果”として世界に戻る必要があります」
義経は理解した。
これは逃避ではない。
清算だ。
「……俺が戻れば」
「歪みは止まるのか」
ルルは頷く。
「はい」
短い肯定。
だが、その意味は大きかった。
沈黙。
義経は、目を閉じる。
弁慶の声が、遠くで聞こえた気がした。
——行け
それは命令ではない。
祈りだった。
義経は、目を開く。
「なら、行く」
迷いはない。
その瞬間。
歪みの核が、静かに“収束”を始めた。
無数の声が消えていく。
消滅ではない。
整理されていく。
失われた命。
崩れた歴史。
選ばれなかった未来。
それらすべてが、一つの“過去”として統合されていく。
光が、義経を包む。
身体が戻っていく。
輪郭が、再構築される。
その途中で——
声がした。
「……ちゃんと、覚えていてください」
ルルだった。
義経は、答えようとした。
だが、もう声は出なかった。
代わりに、心の奥で理解する。
忘れることはない。
ただ、“痛みとして残る形”になるだけだ。
そして——
世界が、戻った。
風が吹く。
空がある。
地面がある。
そして、そこに。
源義経は、立っていた。
何もなかったように。
いや——
何もなかったわけではない。
確かに“何かを超えた後”の世界だった。
少し離れた場所に、弁慶がいた。
無事だった。
傷もない。
ただ、どこか不思議そうに義経を見る。
「……お前、夢でも見ていたのか」
義経は少しだけ黙る。
そして——
小さく笑った。
「……そんなところだ」
空は、穏やかだった。
どこにも崩れはない。
歪みは、もう存在しない。
だが。
胸の奥には、確かに残っている。
選んだ重さ。
失ったもの。
それでも——
「悪くない」
そう、義経は呟いた。
その言葉に意味があるかどうかは、もう問題ではない。
ただ、生きている。
選び直した世界で。
(第二章・完)




