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カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。
太陽の角度からして、お昼過ぎだろうか。
ちょうどそこへドアをノックする音がきこえ、眠たい目をこすりながら「はい」と返事をする。
「お目覚めですか、お嬢様」
シワひとつないメイド服で現れたジェーン。
昨日、1日中休まず掃除に明け暮れていたというのに、その顔には一切の疲れも浮かんでいない。
さすが、公爵家のメイドである。
「すっかり寝坊してしまったわね。伯父様は?」
「書斎にいらっしゃいます。お食事はいかがいたしますか?」
「ここでとるわ」
そういえば、寝間着に着替えた記憶がないんだけど、もしかしてジェーンが着替えさせてくれたのかしら。
体もさらさらだし。まさか拭いてくれたのかしら。
この巨体の服を脱がせ、寝間着を着させたとは……。頭が下がる思いである。
「着替えは自分でやるわ。食事をとったら伯父様に会いに行こうと思うの」
「かしこまりました」
簡単な食事をジェーンが自室まで用意してくれた。
まあ、昨日の伯父様の手料理の残り物なんだけどね。
体の節々が痛く、スプーンを握る手がプルプルと震える。
「伯父様にお会いしたら、片付いていない部屋の掃除も早くやってしまいましょう」
「いえ、お嬢様が使用人のようなことは、あとはわたくしが……」
「いいえ、ジェーンは街に行って、何かおいしいものを買ってきて頂戴。
さすがに毎晩コンソメスープとホウレンソウじゃ身が持たないわ。
あ、でもお菓子とかはダメよ。栄養のあるものにして頂戴。腹持ちのいいヤツね」
「か、かしこまりました。ではお食事が終わり次第、街へ行ってまいります」
私はコンソメスープとパンを一気に口に放り込むと、エマニエル伯父様の書斎へ向かった。
〇 〇 〇
「どうぞ」
書斎のドアを控えめに2回ほどノックすると、伯父様の落ち着いた声が中から聞こえ、そっと扉を開いた。
「伯父様、今、お時間よろしくて?」
「かまわないよ。何か困りごとかい?」
手元の書類から視線をはずし、にっこりと微笑む伯父様。
シンプルな金の丸ぶち眼鏡。
眼鏡姿も知的な雰囲気で素敵だわ。
「あの……、お願い事がありますの。
私、王都へ行ってから体重が増えてしまって、なんとかして痩せたいのですわ!
だから、剣を習いたいんですの!」
私が前のめりになって言うと、エマニエル伯父様はとても驚いたように目を丸くして、そして困ったように笑った。
「少しふくよかな女性のほうが、健康的でいいと思うけどね」
「いいえ、伯父様。このままでは私、きっと病気になって早死にしてしまいますわ!」
そう、たとえ、アサシンに刺されなくとも、この世界ではまだあまり馴染みのない病名、心臓病、脳梗塞、糖尿病などなどでね。
伯父様は最初、困った顔でうーんと首をひねっていたが、それから私の体をじっと見つめると、何かを納得したように頷いた。
「そうだね。せめて僕が高い高いできるぐらいの体重には、なったほうがいいかもね」
高い高いする年齢ではないような気がするんだけど……。
昨日私の巨体に押しつぶされた記憶を思い出しているのか、エマニエル伯父様は目を閉じて苦渋の表情を浮かべている。
「でも、なんで剣なんだい? エルーナは歴とした公爵家のご令嬢だよ?
そもそも剣なんてとんでもないよ」
「自分の身は自分で守りたいのです!」
いつアサシンが私を狙うとも限りませんし、シナリオの強制力が働くかもしれませんし、とは言えまい。
「……? なんか、危険な事でもあったのかい? 王都で」
「まだ、ないですが、いつあるともかぎりませんわ」
「……、ファウストから何かきいているのかい?」
「い、いいえ?」
仮にも私が命を狙われていて、お父様が何かしらそれを知っていたら、たぶん領地行きは賛成してくれなかったと思うんだけど。
やっぱり、難しいよね。
でも、そうなると伯父様に隠れて、剣とか何か護身術をおしのびで習いに行くしかなくなるんだけど、それで何かあって伯父様に迷惑をかけるのは嫌だしなあ。
しばらく伯父様は何かを考えるように視線を落としていたけれど、諦めたようにふっと息を吐き、にこりと微笑んだ。
「分かったよ、エルーナ。たしかにこの屋敷には護衛というものがないから、何かあっては困るよね。
今ちょうどこの村に武術に優れているヤツがいるから紹介しよう」
「伯父様! ありがとうございます!」
よかった! 護衛を雇おうとか、そういう思考回路を持っている人じゃなくて!
伯父様って結構ケチなのね!
「でも、さすがに公爵家の令嬢という紹介はできないから、公爵家の令嬢の従者ということでどうだろうか?
その場合、エルーナは男の子として紹介することになってしまうけれど、それでも構わないかい?」
「もちろんです、伯父様! こんなドレスで剣は扱えませんわ!」
というわけで、私は自分の従者として剣術を習うことに成功したのでした。




