9
なんだかんだで、領地に移り住んできてから、一週間が経ってしまった。
各部屋の掃除に、庭のお手入れ、王都から持ってきた荷物の片付けやらで、一日があっという間に過ぎていく。
そのおかげもあってか、なんか最近体が軽い気がする。
鏡を見れば、肉に埋もれていた目が、少し出てきたような……。
ここに来た頃は、ピッチピチだった部屋着のドレスも、なんか緩くてダボついているし。
「じゃあ、今日から僕が朝の2時間、エルーナに一般教養を、そのあとジェーンによる柔軟指導、午後に武術の特訓ってかんじで、とりあえずやってみようか」
「わかりましたわ」
朝食後、書斎に呼ばれた私は、伯父様より今後の領地で過ごす1日のプランの説明を受けた。
いつの間にか伯父様の書斎には、小さな机と椅子一式が用意され、どうやらここで一般教養のお勉強をするらしい。
第一王子の婚約者候補から外れたとはいえ、さすがにお勉強はしないとね。
腐っても公爵家の令嬢、他国の貴族や王族に嫁ぐ可能性もあるので、それなりに色々詰めこまなければいけないらしく……。
もしかして王都にいるより勉強面がハードになんじゃ……?
「伯父様が教えてくださるのは、嬉しいですけれど、お仕事もあるのに大丈夫なのですか?」
「うん、心配いらないよ。そこら辺はうまくやるから」
さすが伯父様である。
ジェーンからきいた話によると、伯父様って数年ではあるけど、王都で財務大臣の補佐やら、監査、行政に関わる仕事をしていたという。
でも、もともと体が弱いのに無理がたたって体を壊し、見かねたお父様が自分の領地での経営をお願いするに至ったらしい。
お父様は安心して領地の経営を任せ、人脈を広げるべく王都で舞踏会やらパーティーへ参加し、その地位を確固たるものにしている。
兄弟二人三脚でこのシェルトネーゼ家を切り盛りしているわけである。
「じゃあ、とりあえず基本的な読み書きからいこうか? どのぐらい出来るかによって、配分を考えるから」
「はい!」
この時、私は一般教養なんて楽勝だろうと高をくくっていた。
前世の記憶もあることだし、とりあえず読み書きとか計算とかは出来るから、歴史とか人物を覚えれば余裕と思っていたのである。
だが、現実は違っていた。
そう、伯父様は最初の1時間で、私が『どの程度使える人間か』を見極め、そして残った1時間で、それとなく領地の仕事などの処理を私にさせていったのである。
「エルーナって、帳簿とか雑務処理に向いてるんだね。僕はこういうチマチマした作業って嫌いだから助かるよ」
「お、伯父様。一般教養って……」
私は戸惑いつつも、領収書と請求書の束を左手でめくり、右手に持った羽ペンでそれを台帳に転記していった。
前世では商業系の学校を出ており、中小企業のバックオフィスにいたので、簿記などは得意分野である。
伯父様から手渡された書類を見て、すぐにそれがどういう内容かわかってしまった。
「あ、大丈夫、大丈夫。1日1時間やれば、礼儀作法なんて1カ月も掛からないで終わるから。カーテシーだって、今練習したところで、明日使うわけでもないしさ」
満面の笑みで伯父様は、追加の書類を私の小さな机の上にバサリと置いた。
「よし、じゃあ、このまま今月の書類をとっとと全部終わらせちゃおう!」
ひぃぃぃぃっ!!! 鬼かこの人は!
私の机の3倍以上ある伯父様の机にも、大量に積み上げられた書類の数々。
そうだよね。
シェルトネーゼ家ってアスタナ王国でもかなり裕福な領地で、広さだって国内でもトップクラス。
一人でできる仕事の量ではないのである。
それを今まで、伯父様だけでやってきたとは……。
これは、いいように使われるような気がする……。
私は慣れた手つきで電卓をはじく。
これでも電卓検定は段をとった実力者である。
残り40分……、定時にあがるぞ!!




