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ナハトさんは最強執事(仮)  作者: にっけっけ
第二章:BABEL
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鴎外と霜鈴木家

霜鈴木鴎外という男は、国内の宿泊施設を経営する株式会社ジーヴルの代表取締役だった。元々は彼の兄、霜鈴木詩形(うたかた)が持つ会社だったが、10年前に詩形が事故死したことをきっかけに鴎外が後を継ぐことになる。兄の代から既に大手会社であったにも関わらず、才能あってか更なる飛躍的成長を遂げ、多くの利用客に支持される企業となった。


しかしそれは表舞台の話。

株式会社ジーヴルの輝かしい成長は、そんな綺麗事だけで成り立ったものではないとわたしは知っている。


鴎外の周りでは、公にはされていないにせよ行方不明者が続出していた。社員の一部はもちろん、稀に他社の人間まで。いなくなるタイミングは社間での取り引きを行う前や、新しい事業が始まる前が多かった。おそらくは他社を潰し、人材を取り込み、口止めをし、強引なやり口で事業を拡大させていったのだと思われる。こんな事件が続くものだから、”鴎外は実の兄を事故に見せかけて殺し、会社を乗っ取ったのでは”と警察内部で噂が立ったこともあった。


あまりに不審な事態に調査員が向かったこともあったが、帰ってきたのは正気を失った刑事と部下だけだった。選りすぐりの職員を集めて追跡を行っても、戻ったのは3名だけ。彼らは精神病院で治療を受けたが、回復の兆しは見られず退院後に全員自殺した。


”あの男はヒトじゃない、オレたちが到底かなわないなにかだ”。


彼らが遺した遺書の1文を見た警察本部は、BABELを捜査に駆り出さざるを得なくなる。ただの警察職員ではまた何の成果も上げられぬまま、犠牲者を増やすばかりだと悟ったのだ。


――BABELに所属する人間は、対非人間との戦闘を考えた特殊な訓練を受けている。任務内容は秘匿のため、構成員の正体ももちろん知られてはならない。よって人付き合いの薄い、血縁関係者がいない、いきなり居なくなっても困らない――そんな者達でこの機関は出来ていた。言ってしまえばほぼ使い捨ての連中。わたしもその一人。そこから犠牲者が出たとしても、一般警察職員が居なくなるよりはマシだと上層部は考えたのだろう。


BABELに割り当てられた仕事は、”鴎外の正体を暴き、拘束し、場合によっては彼を始末すること”。目的のためわたしは構成員と共に何度も捜査に繰り出した。捜査は約1年間に及び、もちろん犠牲者も出た。

だが甲斐あってか、あともう少しで鴎外の正体が掴めそうなそんな折。鴎外が、急死したとの知らせが入った。


BABELに所属する人間は皆耳を疑ったことだろう。わたしも、そうだったのだから。


――アイツが、尻尾も見せなかった鴎外が、急死?


それから株式会社ジーヴルの界隈で、行方不明者が出ることは無くなった。会社は鴎外亡き後、彼の屋敷にいた執事が受け持ったと聞く。”その執事とやらが本当の黒幕だったのでは?””協力関係だったが、執事が鴎外を裏切り事に及んだのでは?”という声が上がったが、どれもハズレだった。執事――藤岡(きよき)は社内の仕事を手伝うこともあったが、それは行方不明事件とは関係の無い雑用や管理ばかりだったと後の調査でわかった。彼が代表取締役になってから1ヶ月半は、何の不審な点もない健全な経営が続いている。


しかし当然ながら、わたしたちはそこで調査を終える訳にもいかない。”鴎外の身に何があったのか”。BABELは目的を変えて、彼の屋敷と会社を監視する任務にあたった。


わたしに与えられた仕事は、霜鈴木家の人間の監視だ。朝から数名の部下と共に、ターゲットの自宅や外出先を張っている。自宅といっても霜鈴木家の敷地内は球場が2つまるまる入りそうな程バカでかいので、その周りをウロウロしているだけだ。しかも全体が森で覆われており、敷地奥に何があるのか、彼らの屋敷がどこにあるのかはまだ特定できないでいる。

わたしは敷地外にある木の上に上がり、周りの観察に当たっていた。


「――こちらライカ、正面ゲートに異常は無い。そちらはどうだ」


「学園から出て車でそっちに向かってます。今日は突き止められますかねえ」


無線機から呑気な部下の返答が聞こえ、わたしは心の中で舌打ちをした。悠長に監視している場合では無いのだ。ここ3日間丸々奴らに張りついているというのに、調査の進展がまるでない。


セキュリティを掻い潜り、私有地に忍び込んだことはもちろんあった。しかし毎度毎度、なんらかのトラブルで正面ゲートに引き戻される。無線機が壊れたり、部下が1人消えたと思ったらしばらく経ってひょっこり戻ってきたり――。その部下が言うには突然目の前が真っ赤になって、気がついたら正面ゲートの前に立っていたらしい。彼も何が何だかわからない様子だった。

部下の言葉をいまいち信用しきれないわたしは、敷地内へ自ら潜入することにした。奴らの車がゲートをくぐる隙に入り込み、そこから木々を伝って追跡すれば屋敷の場所くらいはわかる――はずだ。


「作戦、開始する」


「了解」


スコープを覗くと、黒のロールスロイスがこちらに向かってくるのが見える。ターゲットが帰ってきた。

わたしは神経を集中させながら、車がゲートをくぐる瞬間を待った。金属音を立てながら、門はゆっくりと開いていく。


――あと100メートル、50メートル……3、2、1。


木から素早く降りて茂みの中を駆ける。ゲートの天井を伝い敷地内へ入ると、わたしはターゲットの視界に入らないよう木に飛び乗った。車を見張ったまま、木々の枝の間を縫うように飛び、走る。運転手の様子に、変化は見られない。とくに車の行くルートが複雑な訳でもない。しかしどうにも部下の言ったことが気になり、安心は出来なかった。


車は坂を登り、その先の大きなカーブの道を進もうとしている。坂に隣接するように生えた木へ移動しようと、わたしは足に力を入れた。

その瞬間――


「!?」


目の前が赤く染まる。

生暖かいなにかが自分の眼球を覆う感触がして、急激な痛みにわたしはその場で悶えた。が、それは一瞬のことで、気がついた時には視界が元に戻り痛みも消えていた。残るのは眼球の妙な感触だけだ。


――なんだ、今のは。


背後を確認するための鏡で自分の顔を確認すると、目が少しだけ充血していた。それ以外は何も変わったところ無い。血も、出ていない。

周りを見渡してみても、両目を隠せるほどの赤い何かを見つけることは出来なかった。あるのは木々ばかりで、追っていた車の姿も既に無い。


「……クソッ」


作戦は失敗に終わった。


――だが、部下の言ったことの信憑性は確認できた。あれはただの偶然ではない。追跡操作をこのまま続けてしまえば、先程のような現象が起きてしまう可能性が高いことがわかる。――否、次はもっと大きな邪魔が入るかもしれない。


「作戦を練り直す必要があるな……」


そう呟き、わたしは正面ゲートへと戻った。

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