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4−1

 久々の休暇にトリシャとの約束のブティック巡りをしているところ。そこまではいいのよ、そこまでは。


「この、ナチュラル系の籠も素敵です!」

「ねぇ、トリシャ。このやり取り一時間くらいしてるわよね」


 着せかえ人形と化した私は目をぱちくりさせるトリシャに訴えた。

 鏡の前には自分の姿が映される。

 モスグリーンのワンピースと、ブーツと、こげ茶の小さな鞄。客観的に見たら、ちんちくりんで色気がない女って感じ。出るところは、出てないし。胸以外は他はすとん、と平坦。

 今日は『色移り』で派手な色を選んでる。薄紅色の髪と、ライトブルーの瞳。鏡で全身を見るのは久しぶりというか。


「……疲れたわ」

「リリーさん。おしゃれは女の命です」

「え、ええ。そうね」

「そして、おしゃれには期限があります」


 雲行きがなんか、怪しい。

 両手を握られてもはやぎらぎらってレベルで目を輝かせるトリシャの迫力に、私は言葉を失う。

 どうしたらいいのかしら、これは。メアの死んだ魚のような目を思い出していたら、サリアさんが通りかかる。


「あれ、リリーちゃん、お友達?」


 三つ編みと大きな眼鏡に、ラフなブラウスと裾が広いズボン。シンプルでファッショナブル。目指すならこういうのが私はいいんだけど。


 トリシャは聴講生だから改めてサリアさんに挨拶している。そしてずれた眼鏡を掛けなおしてサリアさんがまじまじと私を見た。


「それにしても、今日のリリーちゃんはすごくかわいいね」

「ですよね! お買い物してたんです!」

「へぇー、いつもは元気な子ってイメージの服が多いけど、こういうのも似合うね。あ、そうだ。どうせなら、お茶一緒にしない?」


 サリアさんの提案で、休憩になった。助かったわ。もう体力が削られていたから。

 メニュー表を見たトリシャが少し残念そうにしてるわ。


「どうしたの」

「いえ、マッチャという飲み物が協会にもあるかなーと気になって……前、飲んだ時におしいかったから」

「あたしの知る限りだと、無いわよ」


 談笑しながら紅茶とクッキーが運ばれてくるの待つ。


「私、薬草魔術を勉強しているんです。サリアさんは『理』の方なんですね、お会いできて光栄です」

「へー、薬草魔術だったらディートリヒ君の講義?」

「はい!」

「あの子も大分頑張ってるよね。すごいな、先生としては嬉しい」

「先生?」

 トリシャの疑問にサリアさんは答えた。


「そうだよ、私、研究室と教員を掛け持ちしているんだ。ディートリヒ君にも『理』の講義を教えてたんだ」

「え、もしかしてヒーストン先生ですか!」

「うん。そうだよ」


 サリアさんはにっこり笑った。

 そう。この人は結構すごい人だ。義兄含め『理』は変わり者が多い中、普通の感覚で授業をしてくれる稀有な人。意味不明な理論を分かりやすく教えるってもうそれは一種の才能よね。


 でも少し厄介な部分もしっかりあるのよ。サリアさんはノートを取り出して何か書き始めた。


「で、実際はどうなの? メアちゃん、フィロガ君にキスされて怒ってたし」

「キスって何ですか!?」


 あの場に居なかったトリシャは何も知らないらしい。びっくりして食べかけのスコーンを落としてたわ。一方の私は頼んだスコーンにクロテッドクリームとジャムを半々に塗って齧る。

 サリアさんから当時の詳しい状況を聞いて「なーるーほーどー」と生暖かい目に変わるトリシャ。


「リーザさんにバラされたんですか。あの人も懲りないですね」

「そのリーザって人とメアちゃんはどんな関係なの?」

「ストーカーです。メア様、面倒見がいいから懐かれてるんですよ」

「え、メア様ですか」

「メア様?」

「あ、あーえー」

「ごめん、聞かないほうが良いんだね。分かった」


『剣』での二人の供述の殺伐さが全くない受け止め方だった。トリシャにはそこまで話していないっぽいわね。それにしても、相変わらずぶちまけていくスタイルのトリシャはあとでどやされたりしないかしら。心配になるわ。


 サリアさんは高速でメモを始める。走り書きで私には全く読めなくなったけれども、あることないこと書いてあるんじゃないかしら。


「ふんふん、あの美貌なら変な輩も沸きそうだし納得。で、フィロガ君とはどう?」

「あー……メア様には私から言ったって、言わないでくださいね」

「分かった!」


 いや、無理よトリシャ。絶対広がるから、絶対無理よ。そう口を挟もうとしたけどもサリアさんの圧ですごすごとカモミールティーを飲む。


「しばらくはメア様が恋愛することはないと思うんです。お付き合いをされていたかたを最近振りまして。事情がある方だったので、その事情が片付かない限りはもう先はないだろうなって私も思っていたんですが。あはは」


 仕事の話は知らないのに突っ込んだ話は聞いているのね。もはや対等な友達扱いの気がしてきた。

 そんな感想を抱いていたら、サリアさんは私にも話を振ってきた。


「リリーちゃんはどう思う?」


 メアに対するフィロガの態度は嫌がらせじみているからよく分からない。ディートリヒと似てるようにも思えるし、少し違うようにも思える。


「色恋かは分からないです」

「ならきっとまだ未満って感じなのかな。ベルちゃんの時と違うもんねー」


 サリアさんが唸る。

 昔のことなら、そうね。義兄は分かりやすくベルにベタベタしてた。女性恐怖症を患ってるのになんで、と聞いたら本人ははぐらかしてきたのよ。

 こっそりベルに聞いたら『一緒にいても嫌なことを思い出さないからですって』と微妙な回答が返ってきたわ。

 ベルだけ特別なんだと私はその時思ったのに。


 お開きになった後に協会都市外の土地を散策した。危なそうな場所を抑えておこうと思ったのよ。コンペ中は人の往来が活発になるから警備も必要になるものね。


 嘘つきが明らかに共犯者を匂わせたことはあの時関わった人達しか知らない。もしかしたらメアの調査に関係あるかもって話は聞いた。未だに何の調査か教えてくれない上層部。私を別方面で警戒してる『剣』署長の意向かしら?


 別に末端だし、関係ないからどうでもいいわね。職務を全うするだけ。

 ただ、最近個人的に気になる点があるのよね。


「土下座、おにぎり、抹茶、か」


 全部懐かしい言葉と文化。

 ここ数ヵ月でいきなり聞く機会が増えた。今まで、ほとんど誰も口にしなかったのに。


 帰宅してスケッチブックに人物画を書く。母様と、父様と……その間に兄様の服。私の記憶はどこまで正確なのかしら。ぼやけていく輪郭をなぞって自問自答する。


 玄関から音がして階下に降りる。

 息抜きが終わった合図。


 扉の先にはバーナードとフィロガのファンの人が荷物を持って立っている。

 事件が続いたからコンペの時期という建前で見張りの増員がされたの。そして、ここは使用されなくなった砦の一部。義兄は渋々承諾していたわ。


「色彩さん、しばらく場所借りますね。ああ、個人の部屋まで行く気はないので外にテントでも張ります」


 必要事項だけ話すと、ファンの人はバーナードをお供に家からそう遠くない場所に簡易テントを建てる。テキパキとするバーナードはまるで追い立てられた馬みたいね。不憫だわ。

 私も気が滅入る。訓練で慣れたとはいえ共同生活は苦手なのよね。

 そこでリビングに置いた絵を隠さないと、と思い至った。義兄なら文句は言わないけど二人は違うでしょう。

 急いで布をかけるとファンの人が火種を棚から取りながら視線を送ってくる。


「窓辺の珍妙なぬいぐるみは回収しないんですか?」

「インテリアにケチをつけるつもりですか」

「気が抜けるんですよ。キモ可愛いので引き上げてください。もしくはそれを貸してください。テントに飾っときます」


 平坦な声で意外な言葉をかけられる。

 少しして我に返って承諾すると、ファンの人が雪獅子のぬいぐるみを丁寧に持って出ていった。きつい性格の人だと思ったのだけどそういう面もあるのかしら……入れ替わりに果物を渡してくるバーナードをつついてみたわ。


「あの人、可愛いもの好きだったりするの?」

「別にそんなことはない気がするよ」

「でもあたしのぬいぐるみを飾るみたいよ。ライオンのやつ」


 ヒソヒソ声で話していたら鞭の跳ねる音で体がビクッとする。戻ってきたファンの人は笑顔でバーナードに雪獅子を押しつけたわ。


「これは彼用ですよ。ライオン、お好きでしょう」

「は、はは……そうですけど」

「フレイム商会の門番ライオンは有名ですからね。馴染み深いでしょう?」


 確かに実家でライオンを飼っているという話は聞いたけれども、ファンの人のは純粋な好意じゃないわよね。バーナードの顔が引きつっている。

 そして、そう言いつつも蛇女のぬいぐるみをちゃっかり持っていくからやっぱり好きなんじゃないかという私の疑惑は収まらなかったわ。


 夜は帰ってきた義兄を交えて四人で真面目な警備体制の話をして終わり。二人の時は何もしてなかったから窮屈よ。

 水浴びをしたくても外に人がいるし、事故が起こりそうよね。ファンの人ともかち合いたくない。

 自室で絵の続きを描いていたらファンの人の怒鳴り声とメアの声で最悪の気分になる。二人の相性は悪いでしょうね。この前も揉めていたし。


 義兄とバーナードの仲裁の声を聞いてげんなりしながら私は一人ため息をついた。

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