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あの後、フィロガは当分事務所に泊まりという話にまとまった。メアが来るのは今に始まったわけではないけど、ファンの人は出禁にしたがって収拾つかなかったわ。それにしても、義兄はメアと定期的に話し合う必要があるって引かなかった。噂の否定もないし、もしかして本当に二人の関係って変わったのかもしれないわね。
私は私で深夜まで業務が発生したせいで寝不足になりそう。魔術制御のピアスを着けて早めに出勤する。
更衣室で着替えていると他の隊員が噂話をしている。また嫌な状況でうんざりしていたら、急に話し声がやんでみんな出ていった。
「……色彩さん、早いですね」
エダの声に振り向くと、いつもの巻き毛が無くて髪を低い位置で纏めていた。淡々と隊服を取り出すエダはなんとなく気落ちしているよう。
周囲に人の気配はもうなくて、少し気まずく感じるわ。私も出ていこうとしたら、エダに呼び止められた。
「色彩さん、お時間よろしいですか」
「いいけど」
「マリーは貴方と最後にどんな会話をしたのか、知りたいのですが、いいでしょうか」
嘘つきの名前を呼ぶエダの声は震えていた。私はあの人にもう興味はないけれど、エダは仲良かったみたいだしショックよね。
呪術書の捜査には関係してたし、記録をみられるはず。でも、まだ警邏の時間まで余裕はあるから取調室を借りて座る。
魔道具を再生するとエダはどこか遠くを見る目でお礼を言ってくる。
「同じ時と場所であれば、結果は違ったかもしれない。そう、思えなかった彼女は馬鹿ですね」
「どういう意味?」
「ヘンリアは冬の内に沈むのではなく、確かに春を迎えたのに。そういう意味です」
まだ私には意味が分からないけど、時間も無いし多分答える気も無さそうだしでそのまま隊長の下へ行くことにした。
そうしたら、既に出勤済みのフィロガのファンの人が大量の書類を用意してきた。私は別部隊よ……隊長は横で石像のように無言。
「今までの仕事ぶりからやる気を出せば覚えられそうと判断したのでこちらをお願いします」
「警邏はどうすれば」
「一週間ほど半日にしてもらいました。体調も整えてください。ですよね、カオリャン隊長」
立場が相変わらずおかしい隊長は頷くだけ。一通り説明を終えたファンの人は居なくなり、隊長と私だけになる。
沈黙が続くなか資料を斜め読みすると、案外具体的な業務手順が書いてあってほっとしたわ。亀よりも遅い動きで隊長は肩を叩いてきた。
「すまん。俺は止められない」
「一般隊員と隊長って、こういう感じでしたっけ」
「あいつは、特殊だ」
絞り出された声にそれ以上聞くのをやめたわ。
気を取り直して勉強と業務に励み、同好会へ顔を出す。今日は珍しくヤン以外が揃っているわ。不思議に思っているとベルがくすりと笑って教えてくれる。
「ヤンの部署は元々人手が足りなくて忙しいのよ。今年のコンペでヤンの室長が成果を公表するようだし、しばらくは無理そうね」
「ベルのところは?」
「私達は大口顧客や貴族相手だから、一般人向けの発表は他部署中心にってクラリッサ署長から指示があったのよ」
言われてみればそうだわ。
コンペは一般開放されるから色んな身分の人が来るのよね。そんな場所で装飾品なんかの高級品ばかり置いたら『剣』の人手も足りなくなるわ。
「『理』も発表がありますよ。別の研究室主導なので僕達はこうして来ているわけですが」
会話に入ったラインハルトに義兄も頷く。
「そうだね。今年は個人の発表だけかな。ハルは何か申請してたっけ?」
「先輩の補助に回る予定です!」
「え、そ、そうか……」
「はい! 楽しみですね」
熱量に温度差のある二人を置いて、私はディートリヒに目を合わせた。薬草の鉢をいじっているだけで何もリアクションがないわ。
「ディートのところは?」
「『癒』の連中は通常運転だぞ」
パチパチと枝の剪定をしながら観察記録を取っているディートリヒ。『剣』の催し物は私に関係ないし同じ立場のようね。
ところで、黒板の【同好会体験入会:一般向け編】というヤンの文字がとても不穏なのだけど。誰も触れない。
「で、今日の活動内容は何なのよ」
「ヤンが来ないならコンペの話は動かないかなぁ」
「じゃあ、ただの雑談だけ?」
「一応、コレだけ決める感じかな」
副会長という立場のフィロガに出された書類には、【タイムテーブル】と分かりやすい題が書かれている。
コンペ期間中、同好会はずっと稼働するらしい。私は二度とあんな疲れる発表はしたくない。
それに、同好会の内容を一般人に話すのは本当に難しいのよ。私達のは全部応用編みたいなもので、協会魔術とは何かから始めても理解できるかどうか。そういうのは学園でやることよ。
「俺とハルはセットになるのと、ディートはほぼ出ずっぱり。ベルは『飾』の仕事内容が決まり次第だね」
「あたしはまだ警邏のシフトが出ていないわよ」
「え、少し前にキアラが来て、シフト表渡して来たんだけど」
困惑する義兄と私。何も聞いていないわ。微妙に挙動不審のラインハルトを見ると、目を逸らしならが「僕は無実だよ」とほざく。
あの人、昨日の晩、ラインハルトのところに行くって律儀に言付けしてきたのよね。
知らないところで私達の話を吹聴してるんじゃないかしら。睨んでいたらラインハルトの弁明が始まる。
「僕はただ欲しいものを融通してもらってるだけだから」
「お店の人に頼めばいいじゃない」
「鮮度が命だから無理!」
「つまり食べ物欲しさに関わってるってこと?」
サリアさんがあまり良しとしなさそうだから辞めればいいのにって気持ちを込めたら、ラインハルトは肩を落とした。
「……君の中では僕って食いしん坊という認識なのかな」
「リリー、たぶん書籍とかだと思うよ。時々、タルマスで出版された本を読んでいるから」
「そう! 最新情報は大切」
義兄のフォローでぱぁと息を吹き返したラインハルトはお調子者よね。それだけじゃない気がひしひしと感じるのだけど、追及はあきらめた。
そして自分のシフトを確認すると、見慣れない文字が出てくる。
「模擬戦?」
コンペの経験はまだ浅いけども、少なくとも一昨年に模擬戦なんて業務は無かったわ。出し物や最終日のトーナメント戦は有志って話だったし。
疑問に思うも『剣』のことはこの場じゃ私以外分かりようもない。
帰宅後、巡回に向かおうとするバーナードを捕まえて確認したわ。
「ちょっと、模擬戦なんて話、聞いた?」
「模擬、いや、トーナメントじゃなく?」
「そうよね、話なんて回ってきてないわよね」
私だけだと聞き逃しただけという可能性はあるけども、バーナードが把握していないならおそらくほかの隊員にも通達されていない。
最近の傾向からファンの人が暴走なんて線もありうる。あの人を待ってご飯を食べていると、魔術の気配を感じて外に出る。
ふんわりとしたスカートと体の線を隠したシルエットのファンの人は、業務外だとかなり見た目詐欺な私服を着ているわ。
「どうしましたか、リリーさん」
「シフトの件で聞きたいことがあります」
「ああ、あのバカバカしいあれ」
目が据わったファンの人が、そう吐き捨てた。不本意ということは既に分かったわ。
「魔物研究で一部の隊員がゴーレムを作ったんです。その性能を確かめる試合と。そんなのコンペでやるなと言いたいんですが、小型を祝賀会で披露した時に何カ国か等身大を欲したんです。まぁ? 我々協会魔術師は魔道具の流通が本分ですし? 商機だと判断されたのでしょう」
「そうですか。事前に私のシフトを把握していたのは」
「ヴァレンティン署長をせっついて書かせました。あれも確定ではありませんよ。といっても、彼の案ですから跳ね除けるのも難しいでしょうがね」
普通そんなことしないし、できないわよね。私が疑問を感じていると鬱陶しそうにファンの人が手を払う。
「気になるなら聞きなさい。貴方には口があるでしょうが」
「聞いていいか迷いました。もしかして、一般隊員ではないんですか」
「一般隊員ですよ。隊長への昇格の打診は蹴り上げてきました。私は現場で輝くタイプなんで、管理職なんてごめんです」
さらっと答えたファンの人は湯浴みの準備を始める。何でも聞いていいならと、今度こそ個人的に気になる部分を質問した。
「ラインハルトとは何してるんですか」
「はい?」
「欲しいものを融通してもらってるって、言ってました」
あいつは話す気がないからはぐらかした。それなら、こっちに聞けばいい。
ファンの人は石鹸とかバスタオルをかごに放り投げながら私を見ずに答える。
「本人が答えたくないなら私は答えません」
「そうですか」
「余計な詮索はラインハルトに嫌われますよ」
「別にいいです」
少しだけ動きが止まるファンの人はすぐに盛大なため息をついた。
「貴方、素直じゃないですね。嫌われてるって勘違いさせていますよ、あいつに」
「……それも、別にいいです」
心臓が跳ねてすぐに平静を装った。
誰にも何も言ってないのに、この人はなんでそう思ったのかしら。
どんどん記憶が変わっていく自分が嫌で、ずっと避けてること。ヒルマの声が思い出せなくなってから、もう考えたくなくなったこと。それが態度に出てたのかしら。
話を切ろうと立ち上がったら、今度はファンの人が振り返って目を光らせる。
「まぁ、そんなことよりも。リーメアとはきっぱり縁を切るべきです」
「それはフィロガに言ってください」
「既に言いました。それに、明らかに貴方個人が彼女を許容しているでしょう。犯罪者に情は必要ありません」
目の敵にするのはファンの人の立場なら分かるといえば分かる。でも、ここまで個人的な内容について干渉される謂れはないわよね。
「自分の判断ではダメですか」
「はぁ。いいですか、彼女は犯罪組織の刺青をしています。一時期流通が問題となった武具の印章と同じでした。そんなのと関わったらどうなるか」
説教を聞き流して食器を片付けると、ファンの人は「だから罪をなすりつけられるんですよ」と吠えている。これが犬なら可愛いのに。
「それに、出自のあやふやな人間と仲良くすると疑われやすいとは分かっているでしょう。『剣』の者なら身分を問わずだなんて建前だってこと――」
「ここで魔術を暴発されても文句は言えないわよ」
私の魔力が外に伝播して床がひとりでに軋む。さっきよりもえらく長いため息を吐いてファンの人は出ていった。
『剣』所属になってから、何度も聞かされた内容にうんざりした。
あの人は途中からメアのことじゃなくて、ベルのことを言ったのよ。『剣』の調査官が身元を確認したら実は家系図にいなかったとか。だからベルが身分を偽っているって。
でも、本人と話してるとそんなおかしく思わないもの。ベルの家はきっと由緒正しくてお金持ちだし両親とか弟達の話だって聞くし。
だいたい、それなら私だって大差ない境遇よね。得体のしれない保護された子どもなんて。エスカーチャは子どもにとても甘い人達が多いから、孤児でも国籍をもらえただけ。
私よりベルが疑われているのが不思議。前の導師達くらいよ、私を真面目に危険視しているのは。
思わず声に出しそうになって口を抑えた。言葉にならないと分かっていても、誰かに伝わったら困るわ。
息を吐いて目を閉じていたら、少しは気分が収まった。過去の事を掘り起こされる機会がやけに増えて余裕がないんだと自分で思う。
明日は『癒』で検査をすることになってるからとにかく冷静にならないと。半分の月が昇る夜空を見つめて唇を噛んだ。




