第69話 番人の言葉
【保有DP:40,420】
【侵食率:7.4%】
【ダンジョンランク:B】
【階層数:5】
第五階層へ到達した後も、俺はすぐに先へ進まなかった。
理由は単純だ。
一つだけ、まだ回収していない存在がいた。
第三階層。
地下湖。
深層主。
俺がまだ弱かった頃から存在していた怪物。
ネクロパラサイトを警戒し、地下世界の異変を察知し、七王の存在すら知らなかった俺より遥か以前からこの地下を見続けていた存在。
今なら分かる。
あれは普通ではなかった。
七王と同格でもない。
少なくともオークキングより遥かに格上だ。
「会いに行くんですか?」
リリスが尋ねる。
「ああ」
俺は頷く。
「今なら話せる気がする」
昔は無理だった。
近付くだけで潰されそうだった。
今は違う。
王国を滅ぼした。
英雄を喰った。
Bランクダンジョンも吸収した。
それでも勝てるとは思わない。
だが、ようやく同じ盤面に立てた気はしていた。
◇◇◇
地下湖。
久しぶりに訪れたその場所は、昔と何も変わっていなかった。
静かだ。
不気味なほどに。
地下世界全体が騒がしくなっているというのに、ここだけ時間が止まっているようだった。
そして。
水面が揺れる。
巨大な影が浮かび上がる。
黒い鱗。
黄金の瞳。
山のような巨体。
深層主。
第三階層の支配者。
今見ても圧倒的だった。
だが以前ほどではない。
威圧感はある。
それでも立っていられる。
視線を合わせられる。
それだけで、自分がどれだけ成長したか分かった。
深層主はしばらく俺を見ていた。
そして。
初めて口を開いた。
「ようやく来たか」
全員が固まる。
フィリアが目を見開く。
スイも驚いている。
「喋った!?」
俺も驚いていた。
だが同時に納得もした。
話せないはずがない。
あれほどの存在だ。
むしろ今まで話さなかったことの方が不自然だった。
「待っていたのか?」
俺が尋ねる。
深層主は鼻を鳴らす。
「少し違う」
黄金の瞳がこちらを見下ろす。
「資格を得るのを待っていた」
資格。
聞き覚えがある。
特別クエストでも似たような表現があった。
「何の資格だ」
すると深層主は答えた。
「地下世界へ踏み込む資格だ」
空気が変わる。
リリスも真剣な表情になる。
「七王か」
俺が言う。
深層主は頷いた。
「オークは死んだな」
「ああ」
「なら残り六」
その口調はあまりにも自然だった。
まるで昔から知っている相手について話しているように。
「お前は七王じゃないのか?」
その質問に。
深層主は初めて笑った。
巨大な牙が見える。
それだけで空気が震える。
「違う」
短い返答だった。
だがその一言で十分だった。
格が違う。
七王の一人ではない。
もっと別の存在。
「なら何だ」
数秒の沈黙。
そして。
深層主は静かに答えた。
「番人だ」
地下湖が揺れる。
言葉そのものが重い。
「地下世界の番人」
フィリアが呟く。
深層主は否定しない。
「昔は多くいた」
その言葉に俺は反応した。
昔。
つまり今はいない。
「死んだのか」
「ああ」
深層主の瞳が遠くを見る。
どこか懐かしむように。
「七王も」
「神々も」
「侵略者も」
「全てを見てきた」
その瞬間。
俺は理解した。
こいつは生きた歴史だ。
王国より古い。
七王より古い。
地下世界そのものを知っている存在だ。
そして。
深層主は再び俺を見る。
「お前は面白い」
その言葉にスイが少し警戒する。
だが深層主に敵意はなかった。
「オークを喰った」
「王を喰った」
「英雄を喰った」
黄金の瞳が細くなる。
「なら次は七王だ」
肯定だった。
止める気はない。
むしろ進めと言っている。
「一つ教えてやる」
深層主が言う。
「七王は全員敵ではない」
その一言で空気が変わる。
俺は目を細めた。
重要な情報だった。
「どういう意味だ」
だが深層主は答えない。
代わりに。
巨大な爪を第五階層の方向へ向けた。
「自分で確かめろ」
それだけだった。
次の瞬間。
巨体が湖へ沈む。
会話は終わり。
深層主はいつものように姿を消した。
静寂が戻る。
誰もすぐには喋れなかった。
面白くなってきた。
七王。
地下世界。
そして番人。
思っていたよりずっと世界は広いらしい。
なら。
全部喰うだけだ。




