第47話 侵食個体
【保有DP:93】
【侵食率:3.5%】
【ダンジョンランク:D】
【配下モンスター】
・スイ(ヒューマノイドスライム)×1
・リリス(原初のアラクネ)×1
・シャドウバット×1
・ゴブリン×11
・ポイズンスライム×3
・洞窟ネズミ×6
最深部へ到達したスイとリリスの視界を通して、俺は赤く輝くダンジョンコアを見つめていた。
その前には緑髪の少女が立っている。
俺たちの存在に気付いた時から顔色は真っ青だ。
逃げる場所もない。
戦う力もない。
それでもコアの前に立ち続けているのは、ダンジョンマスターとしての最後の意地なのだろう。
「お願い……」
少女は震える声を絞り出す。
「コアだけは……」
だが俺は何も答えない。
勝負は終わっている。
後は回収するだけだ。
スイがゆっくりと前へ進む。
少女は一歩後退る。
さらにスイが進む。
少女はコアへ背中をぶつけた。
もう逃げられない。
その時だった。
突然、ダンジョン全体が大きく揺れた。
岩壁が軋む。
天井から砂が降る。
巨大な魔物が暴れているかのような振動。
だが、生き物の気配はない。
空間そのものが悲鳴を上げているような、不快な震動だった。
スイが足を止める。
リリスも即座に警戒態勢へ移行した。
そして俺の視界へ赤い警告が表示される。
【警告】
【外敵侵入を確認】
外敵?
ここは敵ダンジョンの最深部だ。
侵入者なら俺たちのはず――そう思った直後、次の警告が表示された。
【侵食反応を確認】
侵食。
ずっと表示され続けていた侵食率と同じ単語。
意味の分からなかった数値が、警告として目の前に現れる。
嫌な予感がした。
直後、最深部へ続く通路の奥から悲鳴が響く。
ゴブリンだ。
何匹もの断末魔が重なり、洞窟内に反響する。
だがその悲鳴は唐突に途切れた。
静寂。
異常なほどの静寂だった。
そして気付く。
空気が変わっていた。
肺へ吸い込むだけで吐き気を催す。
腐敗臭にも似ているが違う。
生物が本能的に拒絶する何かが混じっていた。
通路の奥がゆっくりと黒く染まる。
影でも闇でもない。
黒い何かが空間へ滲み出している。
岩壁の表面に黒い結晶が増殖し、床を這うように広がっていく。
ぱきり。
ぱきり。
乾いた音と共に、ダンジョンそのものが侵されていく。
そして、それは姿を現した。
最初に見えたのは腕だった。
黒曜石にも似た漆黒の結晶。
無数の棘と亀裂を持つ異形の腕の表面では、紫色の光が血管のように脈動している。
その腕が壁へ触れた瞬間、石壁が崩れ落ちた。
砕けたのではない。
触れた部分から黒い結晶が増殖し、石を喰い潰したのだ。
続いて頭部が現れる。
人間だったもの。
そう表現するしかない。
顔面は半ばまで結晶へ置き換わり、残された肉も灰色に変色していた。
皮膚と結晶の境界は曖昧で、肉体そのものが鉱物へ変貌する途中のようだ。
眼窩に目玉はなく、底知れない紫光だけが揺らめいている。
最後に全身が通路から這い出てくる。
身長は二メートル近い。
だがその姿は、人型であること自体が不快だった。
関節の位置が微妙に狂い、歩くたびに全身を覆う結晶同士が擦れ合って耳障りな音を立てる。
異形だった。
魔物でも人間でもない。
存在してはいけない何か。
それが歩くだけで床は黒ずみ、壁は結晶化し、空気は濁っていく。
【侵食個体を確認】
【危険度:高】
【解析失敗】
また解析失敗だ。
深層主の時と同じ。
システムですら詳細を把握できないらしい。
侵食個体はゆっくりと首を動かし、最深部にいる全員を見渡した。
俺たちも。
少女も。
区別していない。
その視線に意思は感じられなかった。
ただ侵すためだけに存在する災厄。
そう理解した瞬間――
「ひっ……!」
少女が小さく悲鳴を上げる。
侵食個体の視線が少女へ向いた。
まずい。
そう思った時にはもう動いていた。
侵食個体が地面を蹴る。
岩盤が砕け、黒い結晶片が飛び散る。
一瞬で少女の目前へ到達する速度。
スイより速い。
「スイ!」
俺は叫んでいた。
少女を助けたいわけじゃない。
こいつは俺の獲物だ。
俺のDPだ。
勝手に壊されてたまるか。
紫色の身体が弾丸のように飛び出す。
侵食個体の腕とスイの拳が激突した。
轟音。
衝撃波で少女が吹き飛ぶ。
黒い結晶と紫の肉体がぶつかり合い、耳障りな悲鳴にも似た音が洞窟内へ響き渡った。
そして俺は理解する。
ダンジョン侵略は終わっていない。
むしろ今からが本番だった。




