第4話 資源と進化
【モンスター進化機能を解放します】
システムメッセージが消えると同時に、大量の記憶が頭の中へ流れ込んできた。
ミリアの記憶だ。
魔術学院で学んだ日々。友人たちとの会話。初めて魔法を成功させた時の喜び。そして冒険者として生きる未来への希望。
そんな記憶の中から、俺は必要な情報だけを探していく。
感傷に浸るつもりはなかった。
今の俺にとって重要なのは、生き残る方法だけだ。
やがて一つの組織へ辿り着く。
冒険者ギルド。
この世界に存在する巨大組織だ。
依頼の管理、魔物討伐、ダンジョン調査。各地の冒険者を束ねている。
そしてミリアたちも、その所属だった。
「なるほどな……」
俺はさらに記憶を探る。
今回の探索は正式な依頼ではなかった。
新人冒険者三人による小遣い稼ぎだ。
だからすぐに異変へ気付かれることはない。
だが時間の問題だった。
冒険者が帰らない。
仲間が不審に思う。
ギルドが調査する。
そして――討伐隊が来る。
ミリアの記憶では過去にも危険なダンジョンが発見されていた。
その末路は一つ。
徹底的な殲滅。
ダンジョンコアの破壊。
ダンジョンマスターの死亡。
それだけだ。
「つまり俺も殺される」
事実を理解する。
この世界において俺は人類の敵だった。
共存など期待できない。見つかれば殺される。
それだけの話だ。
不思議と恐怖はなかった。
代わりに浮かんだのは別の感情だった。
殺される前に強くなればいい。
ただそれだけだ。
【保有DP:230】
俺は視線を移す。
コアの近くで小さなスライムがぷるぷる震えていた。
三人との戦いを生き残った唯一の配下。
最後にミリアへ止めを刺した個体だ。
「お前だけ残ったのか」
スライムが揺れる。
声は出ていないが伝わっている。
偶然かもしれない。
だが少しだけ面白かった。
【個体名の設定が可能です】
「名前?」
新たな表示が現れる。
俺は少し考えた。
そして昔の記憶を思い出す。
小学生の頃に飼っていたハムスター。
家族で可愛がっていた小さな命。
その名前。
「スイ」
スライムが跳ねた。
【個体名を設定しました】
【スイ】
その瞬間、スイの身体が淡く光る。
【名称付き個体を確認】
【個体成長補正を獲得】
「へぇ」
名前には意味があるらしい。ネームドってゆうやつか。
なら利用しない理由はない。
俺はすぐに進化画面を開いた。
【スイ】
【進化候補】
・ウォータースライム
【必要DP:30】
・ポイズンスライム
【必要DP:50】
・アイアンスライム
【必要DP:70】
・ブラッドスライム
【必要DP:100】
思ったより多い。
どうやら進化には分岐が存在するらしい。
俺は一つずつ確認していく。
【ウォータースライム】
水属性を獲得。
回復能力が向上。
集団運用向け。
【ポイズンスライム】
毒属性を獲得。
継続ダメージ付与。
暗殺・奇襲向け。
【アイアンスライム】
防御特化。
物理耐性向上。
前衛運用向け。
【ブラッドスライム】
血液吸収能力獲得。
条件達成で解放。
条件未達成。
説明を読み終え、俺は考える。
ウォータースライムは安い。
だが攻撃力が足りない。
アイアンスライムは悪くないが、スライムに壁役を求めていない。
ブラッドスライムは魅力的だった。
だが高い。それに解放条件も分からない。
今の俺にはDPが足りない。
そして何より。
俺はミリアとの戦闘を思い出す。
あの時、生き残った理由。
スイは正面から戦ったわけじゃない。
隙を突いた。
絡み付いた。
弱った獲物へ止めを刺した。
それがこいつの戦い方だ。
なら――
「ポイズンスライムだ」
光がスイを包む。
透明だった身体が紫色へ変化していく。
数秒後。
そこには以前より一回り大きくなったスライムがいた。
【ポイズンスライムに進化しました】
スイは嬉しそうに飛び跳ねる。
見ていて少し笑えた。
人間には何も感じないのに、この小さな魔物には妙な親近感が湧く。
理由は単純だ。
こいつは俺を殺そうとしない。
裏切らない。
俺のために戦う。
なら育てる価値がある。
「次は戦力だ」
【ゴブリン生成】
【必要DP:50】
光の中から緑色の小鬼が現れる。
さらにもう一体。
合計二体。
【保有DP:80】
ゴブリンたちは俺の前で跪いた。
絶対服従。
気分は悪くない。むしろ当然だと思えた。
その時だった。
視界の端にミリアの死体が映る。
少し前まで生きていた人間。
夢も希望もあった少女。
今は動かない肉の塊だ。
俺はそれを見つめる。
不思議なことに何も感じない。
悲しみも罪悪感もなかった。
あるのは疑問だけ。
「これ、どうなるんだ?」
【死体資源化機能を確認】
【回収しますか?】
表示を見た瞬間、俺は理解した。
ダンジョンにとって死体はゴミではない。
資源だ。
「回収」
ミリアの死体が淡い光へ変わる。
肉。
骨。
血液。
魔力。
全てが分解されていく。
【魔力回収】
【素材回収】
俺は黙って見ていた。
吐き気はない。
嫌悪感もない。
むしろ合理的だと思った。
どうせ死んでいる。
なら利用した方がいい。
アルドも。
ロイドも。
ミリアも。
全員同じだった。
俺を殺しに来て死んだ。
その結果として資源になる。
自然な流れだ。
「スイ」
呼ぶとポイズンスライムが近付いてきた。
俺は回収された素材一覧を見る。
その中には魔物の餌として利用できる肉も含まれていた。
「食え」
スイが素材へ飛び付く。
夢中で吸収を始めた。ゴブリンたちも同じだ。
俺はその様子を静かに眺める。
少し前まで人間だったはずなのに。
今の俺は人間の死体を家畜の飼料を見るような目で見ていた。
だが間違っているとは思わない。
俺にとって冒険者は敵だ。
敵なら利用する。
利用できるなら資源だ。
それだけだった。
コアの奥で青白い光が揺れる。
そして俺は初めて確信する。
この世界で生き残るためなら、俺は何だって利用する。
人間も。
魔物も。
命さえも。
全ては生きるためだ。




