第34話 最初のお客様
【保有DP:24】
【侵食率:3.2%】
改装から二日後。
俺は監視画面を眺めながら退屈な時間を過ごしていた。
第一階層は完成した。
小部屋には宝箱。
壁や天井には蜘蛛糸。
初心者冒険者が探索したくなる程度の演出も施した。
できることはやった。
あとは待つだけ。
そう思っていた時だった。
【侵入者を確認】
警報が鳴る。
俺は即座に監視画面を切り替えた。
入口に現れたのは三人組。
若い。
装備も安物だ。
明らかに新人冒険者だった。
入口付近の床には自然に見えるひび割れが走り、天井から垂れた蜘蛛糸がかすかに揺れている。
まだ致命的な罠ではない。
だが不用意に進めば足を取られかねない程度の仕掛けは、すでにそこかしこに紛れ込ませてあった。
「来た来たっ! ついにお客さんだよ!」
スイが飛び跳ねる。
シャドウバットも天井から降りてくる。
リリスは冷静に画面を観察していた。
「装備の質、歩幅、周囲への視線。新人冒険者で間違いありませんね」
「ああ」
新人。
つまり一番美味しい獲物だ。
警戒心が薄い。
欲も強い。
そして経験が少ない。
ダンジョンにとって最も扱いやすい人種だった。
俺は三人を観察する。
先頭を歩く剣士の少年は、仲間を守るように半歩前へ出ている。
槍使いの男は時折周囲を見回しているが、その視線はどこか落ち着きがない。
そして魔術師らしい少女は興味深そうに壁や床を眺めながら後ろを歩いていた。
全員が一応は周囲を気にしながら進んでいた。
壁際の窪みや垂れた蜘蛛糸にも目を向けている。
だが、それは熟練者の慎重さとは程遠い。
未知のダンジョンへの緊張と好奇心が入り混じった、初心者らしい反応だった。
その足取りには期待が見える。
宝を探す目だ。
夢を見ている目だ。
いい。
実にいい。
そういう連中ほど奥まで来る。
そして気付いた時には手遅れになっている。
胸の奥で、獲物を待つ獣のような期待が静かに膨らんだ。
「ご主人様」
リリスが静かに言う。
「どうしますか?」
「何もしない」
即答だった。
今はまだ狩る時ではない。
まずは餌を見せる。
欲を刺激する。
それからだ。
冒険者たちは通路を進んでいく。
時折足元を確認する程度で、探索の手つきはどこかぎこちない。
そして最初の小部屋を発見した。
「おい、部屋があるぞ。俺が先に確認する」
剣士の少年が仲間を制しながら前へ出る。
三人が足を止める。
部屋の奥には宝箱。ごく普通の木箱だが新人には十分だった。
宝箱の手前には蜘蛛糸が薄く張られ、壁の隙間には小さな穴もある。
罠を疑わせるためだけの演出だが、それらしく見えるはずだ。
「宝箱じゃねえか! 本当にあったのか!」
槍使いの男が声を弾ませる。
「待って。糸と壁の穴が気になるわ。罠かもしれない」
魔術師の少女が慎重に周囲を観察した。
反応は予想以上だった。
スイが得意そうに胸を張る。
「ほらほら!」
「お前が作ったわけじゃないだろ」
「でも宝箱見つけた時の反応すごい!」
確かに宝箱だった。
冒険者たちは周囲を警戒しながら近付く。
罠を疑う。
確認する。
そして箱を開いた。
中から現れたのは小さな魔石が三つ。
「よし、安全だ!」
剣士が安堵したように言う。
「おおっ、魔石だ! やったな!」
槍使いが真っ先に歓声を上げた。
「低品質だけど本物ね。新人向けダンジョンにしては悪くないかも」
魔術師も興味深そうに頷く。
魔石。
新人にとっては立派な戦利品だった。
「当たりだな! 今日は運がいい!」
「なあ、このダンジョン意外と良いんじゃないか?」
その言葉に俺は満足する。
そうだ。
そのまま信じろ。
もっと奥へ来い。
もっと欲を出せ。
もっと期待しろ。
そうすれば――。
三人は宝箱の中身を回収すると、さらに奥へ進み始めた。
帰る気配はない。
むしろ期待に満ちた表情で次の部屋を探している。
剣士は仲間を先導し、槍使いは宝箱の話で盛り上がり、魔術師は冷静に周囲の観察を続けていた。
宝箱の中身など安いものだ。
魔石を数個置いただけ。
だが効果は抜群だった。
冒険者は夢を見る。
夢を見れば奥へ進む。
奥へ進めば危険も増える。
危険が増えれば死ぬ可能性も増える。
そして死ねば、俺の資源になる。
獲物が自分から巣の奥へ踏み込んでいく光景に、思わず口元が吊り上がった。
「なるほどな」
俺は静かに呟く。
「冒険者ってのは案外安い」
その言葉にリリスが小さく笑った。
「欲望は最も扱いやすい誘導手段ですから」
スイだけは意味が分かっていないらしい。
首を傾げている。
「え? でも喜んでもらえるのは良いことじゃないの?」
だがそれでいい。
今はまだ。
まずは集める。
より多く。
より深く。
より欲深い冒険者を。
そのための第一歩は、どうやら成功したらしかった。




