第32話 改装会議
【保有DP:37】
【侵食率:3.1%】
深層主との一件が終わってから数日。
ダンジョンには久しぶりに平穏な時間が流れていた。
侵入者はいない。
戦闘もない。
悲鳴も聞こえない。
静かなものだ。
だが、ダンジョンマスターとしては喜んでばかりもいられなかった。
「DPが増えないな……」
思わず呟く。
保有DPは37。
命名で1000DPを消費した影響はまだ大きい。
もちろん後悔はしていない。
スイもリリスも、それだけの価値があった。
だが現実問題として、今は慢性的な資金不足だった。
監視画面を眺めていると、天井付近から小さな影が降りてくる。
『キィ』
シャドウバットだった。
傷を負っていたが、今ではすっかり回復している。
黒い翼を広げながら俺の近くへ降り立つ姿を見て、少し安心した。
スイほど目立たない。
リリスほど存在感もない。
だがここでは数少ない古参戦力だ。
「調子はどうだ?」
『キィ』
元気そうで何よりだった。
「怪我、完全に治ったみたいですね」
リリスもそう言って頷く。
シャドウバットは少し得意げに胸を張った。
いや、胸を張ったように見えただけかもしれない。
だが機嫌は良さそうだった。
その様子を見ていたスイが笑う。
「よかったね!」
『キィ!』
スイ。
シャドウバット。
そしてリリス。
数は少ない。
だが全員に役割がある。
昔の俺なら考えられなかったことだ。
感慨に浸りかけたところで、リリスが地図を広げた。
「ご主人様」
「ああ、そうだったな」
今やるべきことは感傷ではない。
ダンジョン改装だ。
第一階層の改装計画。
それが現在の最優先事項だった。
地図を開く。
入口から続く一本道。
途中に配置された小部屋。
奥へ向かう通路。
新人向けダンジョンとしては悪くない。
しかし魅力的かと言われると微妙だった。
「正直どう思う?」
俺が尋ねる。
するとリリスは迷いなく答えた。
「地味です」
即答だった。
スイも大きく頷く。
「地味!」
シャドウバットまで鳴く。
『キィ』
全会一致だった。
俺も否定できない。
実際、入口から見える景色はただの洞窟だ。
奥へ進めば罠もある。
ダンジョンコアもある。
しかし、多くの冒険者は、そこへ辿り着く前に帰ってしまう。調査隊でも無い限り。
「問題は入口か」
「そうですね」
リリスが頷く。
「冒険者は最初の印象で判断します」
その言葉には説得力があった。
命を懸ける場所なのだ。
面白そうな場所へ行きたい。
何もなさそうな場所は避けたい。
それは当然だろう。
「じゃあ冒険者は何を求める?」
そう尋ねた瞬間、スイが勢いよく手を挙げた。
「宝物!」
「やっぱりそれか」
「絶対そう!」
満面の笑みだった。
確かに間違ってはいない。
宝箱を見つける。
中身を確認する。
その瞬間は誰だって楽しい。
俺も前世のゲームで何度経験したか分からない。
「中身はまだ豪華じゃなくてもいい」
俺は呟く。
「重要なのは見つけることだ」
リリスが感心したように目を細める。
「探索そのものを楽しませるんですね」
「そういうことだ」
だから小部屋を活用する。
今までただ存在していただけの空間に意味を持たせる。
それだけでもかなり変わるはずだった。
すると今度はリリスが提案する。
「蜘蛛糸も使いましょう」
「装飾か?」
「はい」
第三階層から定期的に譲り受けている蜘蛛糸。
壁や天井へ薄く張れば、洞窟の雰囲気は大きく変わる。
普通の洞窟ではない。
何かありそうな洞窟になる。
「採用だな」
「ありがとうございます」
少しだけ嬉しそうだった。
そんな中、シャドウバットが監視画面の方へ飛んでいく。
周囲の偵察をしたいらしい。
もともと偵察能力は高い。
ダンジョン経営が軌道に乗れば、外の情報収集でも活躍してくれるだろう。
「お前にも仕事が増えそうだな」
『キィ』
返事はやる気十分だった。
その後も会議は続いた。
罠の位置。
部屋の用途。
冒険者の導線。
少ないDPで何ができるか。
議論は予想以上に盛り上がった。
「入口に落とし穴!」
スイ。
「帰る」
俺。
「帰りますね」
リリス。
即却下だった。
スイが不満そうに膨れる。
だが目的は討伐ではない。
探索してもらうことだ。
奥へ進んでもらうことだ。
そしてDPを落としてもらうことだ。
ようやくダンジョンマスターらしい発想が身に付いてきた気がする。
気付けば会議は数時間に及んでいた。
設計図には大量の書き込みが増えている。
予算は少ない。
できることも限られている。
それでも未来は少し明るく見えた。
「よし」
俺は設計図を閉じる。
「明日から改装開始だ」
「おー!」
スイが飛び跳ねる。
『キィ!』
シャドウバットも翼を広げる。
リリスも静かに頷いた。
派手な戦いはない。
強敵もいない。
だがダンジョンを育てるという実感があった。
そして、その時だった。
【侵食率が上昇しました】
不意に見慣れた表示が浮かび上がる。
【侵食率】
3.1%
↓
3.2%
「ん?」
思わず首を傾げた。
侵食率。
謎の数値。
増える条件は分からない。
意味も分からない。
「どうしましたか?」
リリスが尋ねる。
「いや」
俺は表示を閉じた。
「侵食率というのが増えただけだ」
それだけだった。
今はDPの方が重要だ。
第一階層の改装の方が重要だ。
意味の分からない数字を気にしている余裕はない。
だから俺は深く考えなかった。
この時はまだ。




