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『最凶進化ダンジョンマスター ~冒険者を餌に最強を目指す』  作者: もかどら


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第29話 侵略者と守護者

裂け目の奥で開いた瞳を見た瞬間、地下空間の空気が変わった。


 深層主が咆哮する。

 地下湖の水面が大きく波打ち、人面蜘蛛たちが一斉に後退した。

 その圧力に思わず息を呑む。

 だが、裂け目から現れた存在は予想していたような巨大怪物ではなかった。


 黒い甲殻。


 細長い身体。


 腹部から伸びる無数の触手。


 人間ほどの大きさしかない異形の魔物だった。

 しかし、その不気味さは十分すぎた。

 魔物は裂け目から這い出ると、周囲を見回す。

 そして迷うことなく近くの死骸へ近付いた。

 先ほど深層主に叩き潰された第四階層の魔物だ。

 完全に死んでいる。

 そのはずだった。

 触手が死骸へ突き刺さる。


 肉が蠢く。


 骨が軋む。


 砕けた首が持ち上がる。


 そして死体が立ち上がった。


「……死体を操ってる?」


 俺が呟くと、女王の顔が険しくなる。


「まずい」


 短い一言だった。

 だが、その重さは十分伝わった。

 死骸を利用して戦力を増やす。

 つまり放置するほど有利になる相手だ。


【未登録個体を確認】

【仮称:ネクロパラサイト】


【能力】

死骸寄生


 なるほど。

 厄介だ。

 戦場には死体がある。

 魔物同士が争えばさらに増える。

 つまり戦うほど有利になる敵ということだ。


「ご主人様!」


 アラクネが駆け寄る。


「死骸を利用されています!」


「分かってる」


 そう返した瞬間だった。

 視界に新しい表示が現れた。


【死骸を検知】

【吸収可能】


 俺は思わず目を見開く。

 詳細を開く。


【吸収】

対象をダンジョンへ取り込みます


【変換先】

・DP

・施設化


 そこで全てが繋がった。

 女剣士の時だ。

 あれは特殊なイベントではなかった。

 俺が施設化を選んだから魂炉になっただけ。

 つまり倒した相手は取り込める。

 DPに変えることも。

 施設に変えることも。

 それがダンジョンの力。


「なるほど」


 ネクロパラサイトは死骸を利用する。

 俺は死骸を吸収する。

 なら答えは簡単だ。


「回収しろ」


 アラクネが目を瞬く。


「回収ですか?」


「あいつより先に吸収する」


 一瞬の沈黙。

 そしてアラクネが笑った。


「なるほど」


 理解が早い。


「スイ!」


「はい!」


「死骸を守れ!」


「任せてください!」


 戦場の意味が変わる。

 これは討伐戦ではない。

 資源の奪い合いだ。

 スイが前へ出る。

 迫る死骸の群れを押し返す。

 アラクネは蜘蛛糸で死体を回収する。

 人面蜘蛛たちも動き始めた。

 そして運ばれてきた死骸を俺が吸収する。


【DP+8】


【DP+11】


【DP+15】


 数字は大きくない。

 だが確実に増えていく。

 そしてネクロパラサイト側の戦力は増えない。

 奴に渡るはずだった資源を俺が奪っているからだ。

 やがて戦況は目に見えて傾き始めた。

 死骸が減る。

 利用できる肉体が消える。

 ネクロパラサイトが焦ったように触手を伸ばす。

 だが、その時だった。

 地下空間を震わせる咆哮が響く。

 深層主だった。

 巨大な腕が振り下ろされる。


 轟音。


 衝撃。


 そしてネクロパラサイトの身体が地面へ叩き付けられた。


 一撃。


 それだけだった。

 異形の身体が潰れる。

 黒い体液が飛び散る。

 なおも動こうとした触手を、深層主は再び踏み潰した。

 今度こそ終わりだった。


【DPを獲得しました】

【300DP】


 今までで最大級の獲得量だった。

 だがそれ以上に印象的だったのは深層主の姿だった。


 圧倒的。


 それ以外の言葉が見つからない。

 第三階層最強。

 その称号に相応しい力だった。

 ネクロパラサイトが死ぬと、裂け目の奥から流れ込んでいた不気味な魔力が薄れていく。

 やがて空間の歪みも静まり始めた。

 完全に閉じたわけではない。

 だが少なくとも今すぐ何かが出てくる気配はない。

 危機は去った。

 女王も大きく息を吐く。


「助かった……」


 その声には本心が滲んでいた。

 深層主はゆっくりと振り返る。

 巨大な瞳がこちらを向いた。

 俺は思わず身構えた。

 だが襲ってはこない。

 ただ見ている。

 品定めするように。

 縄張りに入り込んだ小動物を見るように。


 長い沈黙の後、深層主は興味を失ったように視線を外した。

 そして地下湖の奥へ歩き出す。

 巨大な背中が闇へ消えていく。

 それを見送りながら俺は女王へ尋ねた。


「何なんだ、あいつは」


 女王は少し考えてから答えた。


「あれは第三階層の守護者」


「守護者?」


「誰にも従わない。誰とも群れない。けれど外から来る脅威だけは必ず排除する」


 なるほど。

 味方ではない。

 だが敵でもない。

 少なくとも今は。


 俺はその背中を見つめる。

 いつか超えるべき壁。

 そんな予感がした。

 そして戦場に残された大量の死骸へ視線を向ける。


 資源だ。

 吸収できる資源。

 俺は残った死骸を片端から取り込んでいった。


【DP+12】

【DP+9】

【DP+17】

【DP+13】

【DP+21】


 表示が次々と流れる。

 数字が増えていく。

 そして最後の死骸を吸収した時だった。


【現在DP:1037】


 表示を見て息を止める。

 超えた。

 ついに。

 命名に必要な数字を。

 その瞬間、新たな表示が浮かび上がる。


【権能:命名】

【実行可能】


 ただの呼称ではない。

 ダンジョンマスターとして、眷属の存在そのものに干渉する権能。

 俺は迷わずその表示へ意識を向けた。


【対象を選択してください】


 アラクネ。

 誰よりも働き、誰よりも俺を支えてきた存在。

 傷だらけの身体で人面蜘蛛たちへ指示を飛ばしている彼女を見て、俺は静かに選択する。


【対象:アラクネ】

【命名を実行しますか?】


「実行」


 その瞬間だった。

 眩い光がアラクネを包み込む。


「え……?」


 アラクネが目を見開く。

 蜘蛛糸を操っていた手が止まり、人面蜘蛛たちがざわめいた。

 地下空間の魔力が渦を巻く。

 まるで世界そのものが反応しているかのように。


【命名を開始します】


 表示と同時に、アラクネの身体から凄まじい魔力が噴き上がった。


「ご主人様……これ、は……!」


 驚愕と戸惑いに揺れる声。

 だが変化は止まらない。

 彼女の瞳が金色に輝き、蜘蛛脚が震える。

 周囲の人面蜘蛛たちは恐れるように後退し、女王でさえ息を呑んでいた。

 そして次の瞬間。

 視界いっぱいに、見たことのない表示が現れる。


【個体進化条件を確認】


 俺の鼓動が跳ねた。

 アラクネもまた、自分の身体に起きている異変を理解できていないのか、震える指でこちらを見た。


「私に、何が――」


 言葉は最後まで続かなかった。


 爆発的な魔力が地下空間を埋め尽くしたからだ。

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