第24話 蜘蛛の巣
【保有DP:45】
【ダンジョンランク:C】
【施設】
・剣術訓練場
第三階層から戻って数日が経過していた。
深層主との遭遇は、想像以上にダンジョン全体へ影響を与えていた。スイですら以前より慎重に行動するようになり、アラクネも探索範囲を細かく調整している。圧倒的な存在を目の当たりにしたことで、自分たちがまだ弱いという現実を嫌でも理解させられたのだ。
だが俺にとっては悪いことばかりではなかった。
強敵の存在は目標になる。
いつか支配するべき相手がいるという事実は、むしろ成長への意欲を刺激していた。
その間にもダンジョンは変化を続けている。
特に大きかったのは剣術訓練場の効果だ。
施設化されたエレナは今日も無言で剣を振り続けていた。生前の経験がそのまま蓄積されたその空間では、見学するだけで剣術の基礎を学べるらしい。スイは暇さえあればそこへ通い、以前より洗練された動きを見せるようになっていた。
面白いのは、単純な技術だけではないことだ。
相手との距離感。
攻撃の癖の読み方。
戦闘中の判断。
そういった経験まで断片的に受け継がれている。つまり強者の魂ほど施設としての価値が高い。
この結論に辿り着いた時、俺は自然と次の目標を定めていた。
もっと魂が必要だ。
もっと価値ある人間が必要だ。
そう考えている自分に違和感を覚えなくなっていることに気付いたが、今さら気にする理由もなかった。
その頃、アラクネは第三階層の調査を進めていた。
彼女の能力は予想以上に有用だった。糸を利用して広範囲へ感覚網を張り巡らせることで、危険な魔物の位置や移動経路まで把握できるようになっている。
そして数日後、彼女は一つの報告を持ち帰った。
「ご主人様、ご報告があります」
アラクネの表情はいつもより真剣だった。
俺はコアルームで報告を聞く。
「第三階層東部に大規模な蜘蛛の巣があります。おそらく人面蜘蛛の集落です」
「人面蜘蛛?規模は」
「最低でも百体以上」
予想より大きい。
単なる魔物の群れではなく、一つの勢力と言っていい数だ。
さらにアラクネは続けた。
「中心部に女王個体が存在します」
「確認したのか」
「遠距離からですが」
その瞬間、興味が湧いた。
百を超える魔物を統率する女王。
もし支配下に置ければ戦力は一気に増える。殺して終わりにするには惜しい存在だった。
俺はしばらく考え込む。
以前なら迷わず討伐を選んでいただろうが、今は違う。ダンジョンロードとなったことで視野が広がっている。
支配できるものは支配する。
利用できるものは利用する。
その方が効率的だ。
「交渉は可能か」
その問いにアラクネは少し驚いたようだった。おそらく討伐命令を予想していたのだろう。
「可能性はあります」
「ただし、人面蜘蛛は非常に排他的です。同族以外を嫌います」
「お前ならどうだ」
アラクネは少しだけ考え込む。
「私なら話を聞かせることはできます」
「従わせられるかは別です」
十分だった。
話が通じるなら価値がある。通じないなら殺せばいい。
それだけだ。
翌日、俺たちは第三階層へ向かった。
スイ。
アラクネ。
そして俺。
初めてダンジョンロードとして行う本格的な外部行動だった。
第三階層の東部は地下湖周辺とは全く違う景色になっていた。岩壁の至る所に白い糸が張り巡らされ、巨大な繭が無数に吊るされている。その光景は一種の森にも見えたが、近付くにつれて異常さが際立っていく。
繭の中には骨があった。
人間。
魔物。
大型獣。
様々な残骸が糸で包まれている。
餌の貯蔵庫なのだろう。
スイが嫌そうな顔をした。
「気持ち悪い」
「お前が言うのか」
「わたしはこんなのしないもん」
その時だった。
糸が揺れる。
次の瞬間、天井から複数の影が降り立った。
上半身は女性。
下半身は巨大な蜘蛛。
人面蜘蛛だ。
十体以上。
全員がこちらを警戒している。そして中央にいた一体が口を開いた。
「侵入者」
声は低い。
敵意も隠していないが襲ってこない。
つまり話はできる。
アラクネが一歩前へ出る。
「私はアラクネ」
「ダンジョンロード様の使者です」
空気が変わる。
人面蜘蛛たちの視線が一斉に俺へ向いた。その中には警戒だけではない感情も混じっていた。
恐れ。
そして好奇心。
だが次の言葉で全てが吹き飛ぶ。
「女王がお呼びです」
人面蜘蛛たちが左右へ道を開く。
糸の森の奥。
巨大な巣の中心部。
そこにいる存在が、この集落の支配者なのだろう。
どうやら交渉はできそうだ。
問題はその先だった。
味方になるか。
敵になるか。
その答え次第で、この集落の未来は大きく変わる。
この女王との出会いは、ダンジョンの勢力図そのものを変えることになる。




