第23話 剣士の残滓
【保有DP:45】
【ダンジョンランク:C】
【配下モンスター】
・スイ(ヒューマノイドスライム)
・アラクネ
・シャドウバット(瀕死・療養中)
第三階層の奥から響いた咆哮は、しばらく経っても耳の奥に残っていた。肉体を得たばかりの俺ですら、本能的な危機感を覚えるほどの圧力だった。もしあの怪物が今この場へ現れれば、戦いになる前に蹂躙されるだろう。
だが焦る必要はない。
今の俺には新しい力がある。
そして何より、ダンジョンはようやく次の段階へ進み始めたばかりだった。
俺は魂炉の画面を開いた。
【魂保存数:3】
【エレナ】
【盾戦士ガルド】
【弓使いリオ】
名前が並んでいる。
つい数時間前まで生きていた人間たちだ。
だが今の俺にとって、それは死者の一覧ではなかった。
素材一覧だった。
利用可能な資源。
それ以上でも以下でもない。
人間だった頃なら嫌悪感を抱いたかもしれない。だが不思議と何も感じなかった。むしろ有効活用できることに満足感すらある。
俺はエレナを選択する。
討伐隊のリーダーだった女剣士だ。
剣の腕も優れていたし、判断力も高かった。だからこそ彼女の魂から得られる価値も大きいはずだった。
【施設化候補】
・剣術訓練場
・対人戦闘研究施設
・戦闘経験保管庫
少し考える。
対人戦闘研究施設も魅力的だった。今後も敵は人間になるだろう。
だが現状で最も不足しているのは配下の質だ。
スイは強い。
アラクネも優秀だ。
しかし、それ以外の魔物は弱い。
ゴブリンを増やしたところで、経験不足の雑兵が増えるだけだ。
だから俺は選んだ。
【剣術訓練場】
【施設化を開始します】
エレナの魂が光へ変わる。
それはゆっくりと第二階層へ流れ込み、空いていた一角へ吸い込まれていった。
直後、石造りの小さな訓練施設が姿を現す。
木剣。
訓練用の人形。
そして中央には半透明の女性が立っていた。
エレナだった。
だが生前とは違い感情がない。意思もない。
ただ剣を振り続けている。
永遠に。
俺はしばらくそれを眺めていた。
少し前まで討伐隊の隊長だった女だ。
仲間を守るために戦い、最後まで誇りを失わなかった。
そんな人間が今は施設になっている。
だが罪悪感はなかった。
むしろ価値を最大限活用できている。
それだけだった。
「怖いね」
スイが呟く。
俺は振り返る。
「そうか?」
「だって死んだあとも働いてる」
「無駄にならないだろ」
スイは少し考え込んだあと、小さく肩を竦めた。
「あるじらしい」
アラクネは何も言わなかった。
だが僅かに目を伏せる。
彼女もまた理解しているのだろう。
俺が人間とは違う場所へ進み始めていることを。
その後、俺たちは第三階層へ向かった。
なお、重傷を負っていたシャドウバットは巣で回復に専念させている。
新たな領域を把握しなければならない。
ダンジョンを支配するなら、まず知ることだ。
地下湖は想像以上に広かった。
岸辺には巨大な白骨が散乱している。魔物のものだけではない。明らかに大型生物の骨も混ざっていた。
しかも新しい。
数年前のものではない。
数週間以内だろう。
つまり今もこの階層で何かが捕食している。
俺は湖を見つめる。
静かだった。
だが静かすぎた。
魚もいない。
小動物もいない。
生命の気配そのものが存在しない。
まるで湖全体が縄張りになっているようだった。
その時だった。
水面が揺れた。
ほんの僅か。
だが次の瞬間、湖の中央から巨大な影が浮かび上がる。
あまりにも巨大だった。
最初は岩山かと思った。
違う。
黒い鱗。
長い首。
黄金色の瞳。
そして城門ほどもある顎。
そいつはゆっくりとこちらを見た。
【深層主を確認】
【名称:???】
【解析失敗】
【危険度:測定不能】
その瞬間、耳鳴りのような低い振動音が空間全体を満たした。
音なのか、それとも存在そのものが発する圧なのか判別できない。
肺が押し潰されるように重い。
足元の岩が微かに軋み、湖面には波紋ではなく不規則な歪みが広がっていく。
黄金の瞳と視線が交わった瞬間、視界の端が黒く滲んだ。
距離はあるはずなのに、目の前まで巨大な顎が迫ってきたような錯覚に襲われる。
空気が凍る。
いや、それだけではない。
周囲の温度も音も感覚も、何か得体の知れない存在に塗り潰されていくようだった。
スイが動きを止める。
アラクネの顔色も変わった。
スイの肩は小刻みに震え、アラクネは無意識に後退していた。
俺自身も理解していた。
今はまだ勝てない。
絶対に。
怪物は数秒だけこちらを見つめると、興味を失ったように再び湖の底へ沈んでいく。
その巨体が動くたび、湖全体が唸り声を上げるように震えた。
巨大な波だけを残して。
だが波が収まった後も、圧迫感だけは消えなかった。
まるで見えない何かが胸の上に乗り続けているようだった。
静寂が戻った。
誰も言葉を発しない。
先ほどまで聞こえていた水音すら消え失せ、世界そのものが息を潜めているように感じられた。
そして俺は笑った。
恐怖からではない。
興奮からだ。
あれほど圧倒的な存在が、このダンジョンの中にいる。
ならいつか支配してみせる。
討伐でもない。
共存でもない。
支配だ。
このダンジョンの全ては俺のものになる。
深層主も例外ではない。
その瞬間、新たな通知が表示された。
【深層主との接触を確認】
【特別クエスト発生】
【深層主を従える方法を発見してください】
どうやらシステムも、あれを倒せとは言わないらしい。




