第19話 蜘蛛の娘
【保有DP:25】
【ダンジョンランク:D】
【配下モンスター】
・スイ(ヒューマノイドスライム)×1【負傷】
・シャドウバット×1【負傷】
光が消えた。
討伐隊も、スイも、俺も、その場に現れた存在を見つめる。
巨大な魔物ではなかった。
禍々しい怪物でもない。
そこにいたのは小柄な少女だった。
年齢にして十歳前後。
白銀の髪。
赤い瞳。
華奢な身体。
ただし腰から下だけは人間ではない。
黒い蜘蛛の脚が八本、静かに床を掴んでいた。
【種族:アラクネ】
【レア個体】
【知能:高】
【能力】
・糸生成
・罠構築
・巣作成
・毒耐性
表示を見た瞬間、俺は少しだけ失望した。
強力な前衛を期待していた。
この状況で欲しかったのは敵を叩き潰せる戦力だ。
罠専門の魔物ではない。
だがアラクネは討伐隊を一瞥し、周囲を見回し、そしてコアを見た。
わずか数秒。
それだけで状況を理解したらしい。
赤い瞳がこちらへ向く。
「ご主人様」
落ち着いた声だった。
「少しだけ時間をください」
俺は興味を持つ。
慌てる様子がない。
恐怖もない。
状況判断が異様に早い。
「何をする」
「排除します」
短い返答だった。
だが迷いがない。
その瞬間、女剣士が動いた。
「コアを破壊しろ!」
盾役と弓使いが前進する。
距離は近い。
もう猶予はない。
俺は決断する。
スイ。
時間を稼げ。
「うん」
スイが前へ出た。
紫色の瞳が女剣士を見つめる。
次の瞬間。
剣と毒が激突した。
轟音。
衝撃。
スイの腕が変形する。
女剣士の剣がそれを切り裂く。
今までの冒険者とは別格だった。
速い。
鋭い。
迷いがない。
スイも強い。
だが経験が違う。
数合打ち合っただけでスイは押され始めた。
一方で盾役も接近してくる。
コアまで十数メートル。
危険だった。
かなり。
だがアラクネは動かない。
ただ静かに糸を吐き続けている。
床へ。
壁へ。
天井へ。
細く。
透明に。
まるで何もないかのように。
そして女剣士がスイを弾き飛ばした瞬間だった。
「今です」
アラクネが呟く。
盾役が踏み込む。
一歩。
二歩。
三歩。
そして。
「なっ――」
足が止まった。
見えない。
だが確かに何かが絡み付いている。
足首。
膝。
腕。
鎧。
いつの間にか全身が糸に捕らえられていた。
「罠か!」
盾役が叫ぶ。が、遅い。
「スイ」
「うん」
紫色の腕が伸び、首へ絡み付く。そして毒が流れ込む。
盾役は必死に暴れたが糸は切れない。
毒は止まらない。
やがて身体が痙攣し、ゆっくり崩れ落ちた。
【侵入者を撃破】
【DP+60】
【保有DP:85】
弓使いの顔色が変わる。
仲間がまた消えた。
しかも今度は目の前で。
恐怖が見える。
女剣士も理解したようだった。
新しい魔物。
新しい能力。
まだこちらには隠し札がある。
その事実を。
「下がれ!」
女剣士が叫び、弓使いが後ろへ飛ぶ。
その瞬間。
糸が張る。
天井から。
壁から。
床から。
無数の糸が弓使いへ絡み付いた。
「うそだろ……」
声が震えていた。
必死に短剣で切ろうとする。
だが一本切っても十本絡む。
十本切っても百本絡む。
まるで蜘蛛の巣そのものだった。
そして。
スイが現れる。
目の前に。
「ばいばい」
紫色の腕が胸を貫いた。
弓使いの身体が崩れ落ちる。
【侵入者を撃破】
【DP+60】
【保有DP:145】
静寂が訪れた。
生き残ったのは一人。
女剣士だけ。
彼女は剣を握ったまま周囲を見渡す。
逃げない。
命乞いもしない。
ただ状況を受け入れている。
だからこそ価値がある。
俺は彼女の記憶を思い出す。
知識。
経験。
戦術。
ギルド。
街。
この世界。
欲しいものが多すぎる。
殺すのは簡単だ。
だが今は違う。
俺はスイへ命令を送る。
スイが女剣士の背後へ回る。
アラクネの糸が剣を絡め取る。
女剣士が動きを止める。
勝負は決した。
そしてスイが首へ手を伸ばした瞬間。
「待て」
スイの動きが止まる。
女剣士も驚いた顔をした。
俺は続ける。
殺すな。
まだだ。こいつには価値がある。
死体よりも。
DPよりも。
もっと価値がある。
女剣士の瞳が揺れる。
その視線の先で、スイがゆっくり微笑んだ。
それは人間の笑顔ではなかった。
獲物を逃がさない捕食者の笑みだった。




