第20話 価値
【保有DP:145】
【ダンジョンランク:D】
【配下モンスター】
・スイ(ヒューマノイドスライム)×1
・アラクネ×1
・シャドウバット×1【負傷】
第二階層に静寂が戻っていた。つい先程まで響いていた剣戟や悲鳴は消え去り、床には盾役と弓使いの亡骸だけが残されている。討伐隊六名のうち五名が死亡し、生き残ったのは女剣士ただ一人。アラクネの糸によって身体を拘束され、愛用の剣も奪われた彼女に、もはや抵抗する手段は残されていなかった。
それでも女剣士は取り乱さない。恐怖に震えることも、命乞いをすることもなく、ただ静かに周囲を見渡していた。その視線には敗北を受け入れた者の諦めと、それでも最後まで状況を見極めようとする冒険者としての執念が混ざっている。
「殺さないのか」
静かな問いだった。
スイが不思議そうに首を傾げる。
「殺してほしいの?」
「そういう意味じゃない」
女剣士は小さく笑った。
「勝者が敗者を生かしておく理由が分からないだけだ」
もっともな疑問だった。
だが彼女は勘違いしている。俺が彼女を生かしているのは慈悲でも興味でもない。ただ価値が残っているからだ。
俺は能力を発動する。
【記憶閲覧】
意識が深く沈み込み、女剣士の人生が流れ込んでくる。幼い頃の剣術訓練、冒険者として積み重ねてきた経験、幾度となく潜ったダンジョン、仲間との出会いと別れ。人間なら感傷を覚えるのかもしれないが、俺にとって重要なのはそこではない。この世界を生きるために必要な情報、その一点だけだった。
記憶を辿るうちに、やがてギルド内部の会議へ辿り着く。そこでは最近発生しているダンジョンについて議論されていた。発生数の増加、知性を持つ個体の存在、村を滅ぼしたダンジョン、領主軍を退けたダンジョン。俺は興味深く情報を拾い集めながら、自分以外にも強力なダンジョンマスターが存在する事実を知る。
特に印象的だったのは、ギルドが定める脅威指定制度だった。危険度の低いダンジョンは定期監視で済むが、一定以上になると討伐隊が派遣される。さらに危険度が増せば軍が出動し、それでも対処できない場合は王国全体が動くらしい。
その中で、一つだけ異様な単語があった。
【災厄級】
その記録に記された被害想定は数万人規模。国境を越えて共同対処を行う存在。つまりダンジョンマスターにも頂点があるということだ。
思わず笑いそうになった。
面白い。
実に面白い。
最強を目指すなら、その災厄級すら超えなければならないということだ。
さらに記憶を探ると、もう一つ気になる情報が現れた。女剣士本人も意味を理解していない断片的な記憶。黒いローブを纏った人物と銀色の仮面の男、そして会話の最後に聞こえた一言。
『例の個体が動き始めた』
それだけだった。
だが妙に引っ掛かる。
ギルドが把握していない何かが、この世界には存在している。
能力を解除すると、女剣士は荒く息を吐いた。記憶を覗かれた感覚があったのだろう。不快そうに眉をひそめながらも、彼女は俺へ視線を向ける。
「何をした」
答える必要はない。
もう十分だった。
欲しい情報は手に入れた。
剣術も経験も知識も得た。
なら彼女の価値は残り一つしかない。
DPだ。
スイがこちらを見る。アラクネも黙って判断を待っている。女剣士もまた、自分の運命を理解したのだろう。抵抗することなく静かに目を閉じた。
「最後に聞かせろ」
女剣士が呟く。
「お前は何を目指している」
少しだけ考える。
世界征服には興味がない。人類への復讐にも執着はない。人間だった頃には思いもしない。
俺が欲しいものはもっと単純。
誰にも支配されない力。
誰にも壊されない存在。
全てを喰らい、全ての上に立つこと。
最強。
ダンジョンマスターの本能とでもいうのか、ただそれだけだ。
女剣士は目を閉じたまま小さく笑った。
「最悪だな」
次の瞬間、スイの腕が紫色の刃へ変わる。
首を貫く音は驚くほど静かだった。
【侵入者を撃破】
【DP+100】
【保有DP:245】
【討伐隊壊滅】
【ボーナスDP:100】
【保有DP:345】
システムメッセージが連続して表示される。さらにコア全体が眩く輝き始め、ダンジョンそのものが震えた。討伐隊を退けたことで新たな段階へ到達したのだろう。
【ダンジョン防衛成功】
【ランクアップ判定開始】
【第三階層を解放します】
【新機能を解放します】
【進化候補を表示します】
俺は表示を見つめながら笑う。
討伐隊との戦いは終わった。
だが本当の成長は、ここから始まる。




