第16話 歓迎しよう
討伐隊が森を進む様子を見ながら、俺は静かに情報を整理していた。
六人。
人数だけなら過去最大だ。
しかし厄介なのは数ではない、連携だった。
先頭には女剣士。
その後ろに盾役。
さらに弓使いと魔術師が続き、最後尾を神官が守る。
女剣士は周囲へ絶えず視線を走らせ、異変を探りながら歩いている。盾役は大盾を半身に構え、いつでも前へ割り込める位置を維持していた。弓使いは矢を一本つまんだまま通路や天井を警戒し、魔術師は杖を握って小声で詠唱の準備を続けている。神官は最後尾から全員の様子を見守り、誰かが傷つけば即座に支援できるよう距離を保っていた。
隙が少ない。
新人冒険者のように勝手な行動を取る様子もない。
おそらく全員が実戦経験者だ。
正面からぶつかればこちらが負ける。
だから正面から戦う気はなかった。
討伐隊が入口へ到着する頃には準備は終わっている。
第一階層の死体は全て片付けた。
血痕も消した。
通路も綺麗にした。
まるで何も起きていない普通のダンジョンに見えるはずだ。
そして、それこそが罠だった。
討伐隊がダンジョンへ足を踏み入れる。
硬い靴底が石床を叩く音だけが、静まり返った通路に小さく響いた。
誰も口数は多くない。
聞こえるのは装備の擦れる微かな音と、緊張を押し殺した呼吸だけ。
空気は妙に重く、湿っていた。
まるでダンジョンそのものが息を潜め、侵入者を見下ろしているようだった。
「静かだな」
女剣士が周囲を見渡す。
剣先をわずかに下げながらも、いつでも踏み込める姿勢は崩さない。
その声さえ、どこか吸い込まれるように闇へ消えていく。
「失踪報告が出ている割には異常が見当たりません」
神官が答える。
後方を振り返りながら仲間との距離を確認し、不意打ちへの警戒を怠らない。
「だからこそ怪しい」
女剣士の言葉に盾役も無言でうなずき、大盾を少し持ち上げた。
その判断は正しい。
だが遅い。
既に罠の中だ。
俺はシャドウバットへ命令を送る。
誘導開始。
黒い影は天井近くを飛びながら、わざと一瞬だけ姿を見せた。
「魔物だ!」
弓使いが真っ先に反応する。
腰を落とし、流れるような動作で弓を引き絞った。
矢が放たれる。
鋭い風切り音が静寂を裂く。
しかし当たらない。
シャドウバットは通路の奥へ消えていく。
「右奥へ向かった!」
弓使いが即座に位置を報告する。
「追うぞ」
女剣士が指示を出す。
その声に合わせて隊列が自然に動いた。女剣士が先導し、盾役が一歩後ろで前方を警戒する。弓使いと魔術師は射線を確保しながら続き、神官は最後尾から全体を見守る。
そのまま討伐隊は第一階層の奥へ進んでいった。
足音が規則正しく続く。
だが進めば進むほど周囲は静かになり、逆にその音だけが耳についた。
何もいない。
何も起きない。
それがかえって不気味だった。
ここまでは予定通り。
俺が欲しいのは全滅ではない。
まず一人だ。
一人だけ削ればいい。
そのために用意したのは第二階層だった。
討伐隊が階段へ差し掛かった瞬間、ゴブリンが姿を見せる。
「敵だ!」
盾役が即座に前へ出る。
大盾を構えて仲間を守りながら進路を塞ぎ、女剣士がその横へ並んだ。
魔術師も杖を掲げるが、ゴブリンは「あっ、見つかった!」と言わんばかりに肩を跳ねさせると、慌てて逃げ出した。
もちろん演技だ。
命令通りの動きだった。
「逃がすな!」
女剣士が短く指示を飛ばす。
討伐隊はそのまま追い掛ける。
だが隊列は崩れない。盾役が先頭を支え、弓使いは逃げるゴブリンへ狙いを定め続ける。魔術師は周囲を警戒しながら追従し、神官も遅れずについていく。
階段へ向かう足取りがわずかに速くなる。
張り詰めていた空気の中で、ようやく見つけた敵だったからだろう。
逃げるゴブリンは時折つまずきそうになりながらも必死に走る。
そして全員が階段へ足を踏み入れた瞬間。
スイが動いた。
人型となった彼女は以前より遥かに静かだった。
天井から落下することもない。
毒を撒き散らすこともない。
代わりに指先から紫色の液体を垂らした。
それは階段へ流れ落ちる。
数秒後。
最後尾の神官が足を滑らせた。
「えっ――」
身体が傾く。
神官は咄嗟に手すり代わりの壁へ手を伸ばしたが間に合わない。
その瞬間。
スイの腕が鞭のように伸びた。
首へ巻き付く。
引く。
神官の身体が隊列から消える。
「敵襲!」
女剣士が叫ぶ。
反射的に振り返り、階段を駆け戻ろうとする。
盾役も大盾を構えて後方へ向きを変え、弓使いは矢をつがえながら暗闇へ狙いを定めた。魔術師は杖を掲げて光の魔法を放とうとする。
しかし遅い。
神官は既に階段脇の暗闇へ引きずり込まれていた。
悲鳴が響く。
湿った壁に反響し、何度も耳にまとわりつく。
一秒。
二秒。
三秒。
そして静かになった。
あまりにも唐突な静寂だった。
さっきまで聞こえていた呼吸音さえ遠く感じる。
暗闇の奥からは何も聞こえない。
だからこそ不気味だった。
討伐隊の空気が変わる。
女剣士は唇を噛み、盾役は無言で仲間を庇う位置へ戻る。弓使いは額に汗を浮かべながら周囲へ視線を走らせ、魔術師は杖を握る手に力を込めた。
今までの相手とは違う。それを理解したのだろう。
俺は冷静だった。
神官一人。
それだけで十分。
回復役を失った討伐隊はもう完全ではない。
神官の気配が消えたのを確認し、俺は次の手を考える。
弓使いか。
魔術師か。
あるいは盾役か。
焦る必要はない。
六人いた敵は五人になった。
戦力の均衡は、確実にこちらへ傾き始めている。
そして今、このダンジョンで最も有利な立場にいるのは俺だった。




