第11話 狩りの準備
【保有DP:10】
【ダンジョンランク:D】
【配下モンスター】
・スイ(ヴェノムスライム)×1
ダンジョンの進化が終わったあと、俺は新たに生まれた第二階層を何度も確認していた。
以前の俺なら、ただ広くなった程度にしか感じなかったかもしれない。しかし今は違う。この空間そのものが俺の武器であり、肉体であり、生存手段だった。
長い階段を下りた先には広い空洞が広がり、複数の通路を作れる余地もある。まだ何もない殺風景な岩場に過ぎないが、それでも可能性だけは十分だった。
ここへ罠を置くこともできる。
魔物を配置することもできる。
侵入者を誘導し、逃げ道を塞ぎ、確実に仕留めるための構造を作ることもできる。
だが現実は厳しい。
保有DPは10。
配下はスイ一匹。
ダンジョンランクだけがDになったところで、実際の戦力は相変わらず貧弱だった。
むしろ以前より危険かもしれない。
新人向けダンジョンだった頃なら弱い冒険者しか来なかった。しかし今後は違う。調査隊が全滅した以上、ギルドは確実に警戒を強める。
より強い冒険者が来る。
より多くの戦力が来る。
その時までに俺が強くなれなければ終わりだ。
必要なのは見栄えの良いダンジョンではなく、侵入者を殺してDPへ変える仕組みだった。
そんなことを考えていると、入口付近へ新たな反応が現れた。
赤い光点が三つ。
俺はすぐに意識を向ける。
調査隊ほど練度は高くない。だが新人よりは明らかに慎重だ。足を止める位置や周囲への視線からも、最低限の経験を積んでいることが分かる。
おそらく失踪事件を調べるために送り込まれた冒険者だろう。
そして俺は、その姿を見た瞬間に理解した。
今の戦力で三人同時は無理だ。
スイは強くなった。
だが無敵ではない。
もし囲まれれば危険だし、毒だけで押し切れる保証もない。
だから必要なのは戦闘ではなく分断だった。
三人を二人にする。
二人を一人にする。
そうやって数を減らしていけばいい。
考え始めると自然に視線が第一階層へ向く。
そこには調査隊の死体が残されていた。
剣士の死体。
盾役の死体。
魔術師の死体。
本来なら資源化してDPへ変えていたはずだが、今は別の使い道がある。
俺は死体を少しだけ移動させた。
わざと目立つ位置へ。
わざと発見しやすい位置へ。
まるで何かから逃げようとして力尽きたような配置に整えながら、内心で少し笑う。人間は死体に引き寄せられる。仲間ならなおさらだ。危険を感じても理由を知りたがるし、真相を確かめたがる。
だから利用できる。
数日前の俺なら気味が悪いと感じただろう。だが今は違う。死体は罠だ。それ以上でも以下でもない。
やがて冒険者たちが死体を発見した。
三人の動きが目に見えて変わる。
警戒が強まり、足が止まり、会話が増える。
予想通りだった。
「この装備……調査隊じゃないか」
「やっぱり全滅したのか」
「こんな場所で何が起きたんだよ」
三人は死体を調べ始める。
血痕
傷跡
周囲の壁
その中で最も積極的に動いていたのは短剣使いだった。仲間へ何度か声を掛けながら周囲を探索し、少しずつ前へ進んでいく。
慎重ではある。
だが好奇心の方が勝っていた。
原因を見つけたい。
手柄を立てたい。
そんな感情が透けて見える。
そして、それは狩る側から見れば非常に分かりやすい弱点だった。
短剣使いは気付いていない。
仲間との距離が少しずつ開いていることに。
戦士と神官の意識が死体へ向いていることに。
そして何より、天井を這うスイの存在に。
スイは静かだった。
焦りも迷いもなく、獲物へ近付く蛇のようにゆっくりと位置を調整している。
進化してから動きがさらに洗練された気がする。
命令を細かく出さなくても意図を理解し、自分で最適な行動を選んでいるように見えた。もし俺が身体を持っていたとしても、ここまで上手くやれたかは分からない。
だから自然と期待してしまう。
やれ。
仕留めろ。
その瞬間を待ちながら。
そして短剣使いが振り返った。仲間の位置を確認するためだったのだろう。
だが前を向いた時にはもう遅かった。
頭上から落下したスイが顔面へ張り付き、そのまま首へ絡み付く。
短剣使いは反射的に引き剥がそうとするが、進化したスイの毒はそんな抵抗を待ってくれない。
数秒もしないうちに身体は痙攣を始め、足から力が抜け、苦しげな呼吸音だけを残して床へ崩れ落ちる。
仲間たちが異変に気付いた時には既に手遅れだった。戦士は慌てて駆け寄り、神官は回復魔法を使おうとする。だが二人の行動を見ながら、俺は冷静に理解していた。
助からない。
毒はもう全身へ回っている。
そして何より重要なのは、俺がまた勝ったということだった。
【侵入者を撃破】
【DP+40】
【保有DP:50】
表示を見ながら、俺は次のことを考える。喜びではない。達成感でもない。どうすれば次をもっと効率良く殺せるか。
その一点だけだった。
三人組は二人組になり、こちらはDPを得た。差は確実に広がっている。なら焦る必要はない。
目の前で仲間を失った二人は、これから恐怖と疑心暗鬼に飲まれていく。
そして人間は恐怖すると判断を誤る。
俺はもう知っている。
何人もの記憶を奪い、何人もの死を見てきたから。
だから次も同じだ。
慌てず。
確実に。
一人ずつ殺していけばいい。




