表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/5

第4話 村の発展とガレンの苛立ち

 エルム村は、変わり始めていた。

 巨大化した麦の収穫が始まってから、数日で村の風景は一変した。

 畑は黄金色の海のように広がり、一株で馬車一台分もの穀物を生み出す。

 村人たちはそれを刈り取り、干し、貯蔵し、余った分を近隣の町へ運ぶための荷車を急ごしらえで作った。

 交易商が、初めて村にやってきたのはその翌日だった。

 馬車が三台。

 派手な旗を掲げ、商人たちが目を輝かせて降り立つ。


「これは……本当か!? 一日で育つ麦だと!?」


 商人の一人が、巨大な穂を触りながら叫ぶ。

 村人たちは誇らしげに頷き、剣聖の小屋を指差した。


「剣聖様のおかげです! 覇気が土を豊かにしてくださって……」


 商人はガレンの小屋を眺め、畏敬の念を込めて頭を下げた。


「剣聖ガレン殿……噂は本当でしたか。隠居なさったというのに、この村は……まるで神の祝福を受けたようです」


 ガレンは縁側に座ったまま、黙って見ていた。

 商人たちは麦を買い占め、金貨の袋を村長に渡す。

 村は一夜にして豊かになった。

 だが、ガレンの胸には苛立ちが募るばかりだった。


「……俺は何もしてねぇ」


 呟きは、誰にも聞こえない。

 その夜、エルドがまた小屋を訪れた。

 今度は両手に新しい小瓶を抱えている。


「剣聖様! 聞いてください! 試作2号が完成しました! 前回の肥料をベースに、覇気の波長をさらに近づけて……これで作物はもっと早く、もっと大きく!」


 ガレンは眉をひそめた。


「もういいって言ったはずだ」


 エルドは慌てて手を振る。


「わ、分かってます! でも……村人たちが『もっと欲しい』って言うんです。交易商が毎日来るようになって、金が入るようになって……みんな、剣聖様の恩恵に感謝してるんですよ!」


 ガレンは立ち上がった。

 覇気がわずかに漏れ、エルドは後ずさる。


「……俺はスローライフしたくてここに来た。剣を振らず、何も起きねぇようにしたくて。なのに、村は勝手に発展してる。作物は勝手に育ち、金は勝手に回り、人は勝手に騒いでる。俺の存在が、全部を狂わせてる」


 エルドは目を伏せた。


「……すみません。私が、余計なことを……」


 ガレンはため息をつき、再び座った。


「もう来るな。肥料も撒くな」


 エルドは黙って去っていった。

 翌朝、畑はさらに異常をきたしていた。

 麦の穂が、人の背丈を超え、まるで木のようにそびえ立つ。

 一部の株は実が赤く色づき、まるで果実のように垂れ下がっている。

 村人たちは興奮して収穫を急ぐが、ガレンは知っていた。

 ――エルドが、夜中にこっそり撒いたんだ。

 苛立ちが頂点に達する。

 昼過ぎ、猟師のロークがまたやってきた。

 今度は一人ではなく、数人の仲間を連れて。


「剣聖様……また文句を言いに来たわけじゃねぇんだが」


 ロークの声は、どこか疲れていた。


「麦のおかげで食い物は困らなくなった。金も入るようになった。でもよ……森の魔物は、完全にいなくなっちまった。俺たちの弓は、もう埃をかぶってる」


 ガレンは無言で頷いた。

 ロークは続ける。


「村は豊かになった。子供たちは笑ってる。でも、俺たちは……何のために生きてるんだ?狩りで家族を養う、それが俺たちの誇りだったのに」


 他の猟師たちも、黙ってうなずく。

 ガレンは空を見上げた。


「……俺のせいだな」


 ロークは首を振った。


「違う。剣聖様は、何もしてねぇ。ただここにいるだけで……全部が変わっちまう」


 沈黙が落ちる。

 やがて、ロークがぽつりと言った。


「剣聖様……もし、剣を振ってくれりゃ……魔物を呼び戻せるんじゃねぇか?少しだけでも、森に覇気を抑えて、魔物を寄せ付けて……」


 ガレンは目を閉じた。


「……無理だ。剣を振ったら、この村は吹き飛ぶ。覇気を完全に抑えることもできねぇ。俺は、もう剣聖じゃねぇんだ」


 ロークたちは肩を落とし、去っていった。

 夕方、村の広場で感謝祭が始まった。

 巨大な麦の穂を並べ、酒を酌み交わし、歌を歌う。

 子供たちが「剣聖様ありがとう!」と叫びながら走り回る。

 ガレンは小屋の影から、それを見ていた。

 村長が近づいてきて、深く頭を下げた。


「剣聖様……本当に、ありがとうございます。この村は、あなたが来てから、初めて『豊か』を知りました」


 ガレンは答えない。

 村長は続ける。


「これからも、よろしくお願いします」


 去っていく背中を見送り、ガレンは拳を握りしめた。

 ――不満が、爆発しそうだ。

 夜、星の下で一人、畑の前に立つ。

 巨大化した作物が、風に揺れる。

 まるで、嘲笑うように。


「……しょうがねぇ」


 ガレンは鍬を握った。今日も、畑を耕す。

 何もしないはずなのに、何かが起きる。

 苛立ちは、底なしの闇のように深くなっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ