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第5話 最強のスローライフ、受け入れる?

 感謝祭の夜は、静かに更けていった。

 村の広場では焚き火がぱちぱちと音を立て、巨大化した麦の穂を串焼きにしたものが並ぶ。

 村人たちは酒を酌み交わし、歌い、笑い、子供たちは火の周りを駆け回る。

 その中心に、誰もが「剣聖様」と呼びかける声が響く。


「剣聖様! こちらへどうぞ!」


 村長が手を振る。

 ガレンは小屋の影から、ゆっくりと広場へ歩み寄った。

 座る場所は用意され、中央の特等席。

 村人たちは一斉に拍手を送る。


「剣聖様のおかげで、この村は生まれ変わりました!」

「魔物に怯えずに暮らせて……」

「作物がこんなに育つなんて、夢のようです!」


 感謝の言葉が、次々と降り注ぐ。

 ロークをはじめとする猟師たちも、酒杯を手に頭を下げる。


「俺たち、最初は文句ばっかり言ってすまなかった。でも今は……本当に感謝してるよ」


 ガレンは無言で杯を受け取り、一口飲んだ。

 酒は甘く、温かい。

 だが、胸の奥の苛立ちは、まだ消えていない。

 エルドがそっと近づき、小声で囁く。


「剣聖様……私の肥料は、もう撒きません。これ以上、村を狂わせたくないです」


 ガレンは小さく頷いた。


「……分かった」


 宴は夜更けまで続いた。

 村人たちは次第に眠りにつき、焚き火だけが残る。

 ガレンは一人、火の前に座っていた。

 星空を見上げる。

 王都で魔王を倒した夜も、こんな空だった。

 あの時も、誰も並ぶ者がいなくなった瞬間だった。

 ――ライバルがいねぇ。

 剣を振るう相手がいねぇ。

 なのに、この村は俺の存在だけで回ってる。

 不満は、静かに胸を焼く。

 だが、同時に、何かが変わり始めていた。


「剣聖様……」


 小さな声がした。

 村の子供の一人、10歳くらいの少年だ。

 眠れなかったのか、毛布を抱えて近づいてくる。


「俺、剣聖様みたいになりたい」


 ガレンは少年を見下ろした。


「……剣は、振らねぇ方がいい」


 少年は首を振る。


「違うよ。剣聖様は、剣を振らなくても……みんなを守ってる。ただここにいるだけで、村が幸せになったんだ。それが、一番強いことだと思う」


 ガレンは言葉を失った。

 少年は続ける。


「だから、俺も……ただここにいるだけで、誰かを幸せにできる人になりたい」


 少年は微笑んで、毛布にくるまり、その場で眠りについた。

 ガレンは火を見つめた。

 ――ただここにいるだけで。

 剣を振らず、何もしない。

 それなのに、何かが起きる。

 村は豊かになり、人は笑う。

 猟師は文句を言いながらも、どこか安心した顔をする。


「……しょうがねぇな」


 ガレンは小さく呟いた。

 不満は、まだ消えない。

 だが、初めて――少しだけ、悪くないと思った。


 朝が来た。

 村はいつも通り、巨大化した作物に囲まれ、穏やかに動き始める。

 交易商の馬車がまた来るだろう。

 エルドはきっと、また新しい肥料を考えている。

 猟師たちは、弓を手に森へ向かうかもしれない。

 ガレンは小屋の縁側に座り、鍬を膝に置いた。

 今日も、畑仕事だ。

 剣を振らない。

 何もしないつもりで、何かが起きる。


「……まぁ、悪くねぇか」


 呟きは、朝の風に溶けた。

 ――でも、次はもっと静かな村を探すか。

 不満は、まだ胸の奥に残っている。

 最強の剣聖は、今日もスローライフを続ける。


(終わり)

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