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え?分からないんですか??

「始まりの翼」


 カイトは、はっきりと力強い字でそう書いた。


 紙の上に刻まれた名前を見て、その場がほんの一瞬だけ静まる。


 悪くない。


 誰も口には出さなかったが、そこにいた全員がだいたい同じことを思った。


「へえ。いいじゃん」


 最初に口を開いたのはフェルクだった。


「青いけど、嫌いじゃないぜ」


 ナナもカイトを見て微笑む。


「とても、いいと思いますよ」


 プリシラは文字を覗き込みながら、少し嬉しそうに尻尾を揺らした。


「す、すてきです……!」


 カイトは目を瞬いた。


 褒められた。


 しかも、ただの誰かじゃない。

 今この場にいるのは、さっきまで名前すら遠かった人たちだ。


 フェルクに。

 ナナに。

 プリシラに。


 そして。


 ライトニングが紙面を一瞥し、短く言った。


「ふむ、悪くない」


 カイトの肩がびくっと跳ねた。


「え」


 声が裏返る。


 初めてだった。

 S級に、こんなふうに直接声をかけられたのは。


「お、おれ……いや、ぼく、あの……」


 動揺のあまり、言葉がどんどん壊れていく。


 メグが横で半目になる。


「落ち着いて、カイト」


「だ、だ、だって……!」


 だが、当のライトニングはもう興味を失っていた。

 名前がどうこうではなく、申請が通ったことの方が大事なのだ。


 オリオンも一度だけその文字を見たが、何も言わない。

 エルツーも小さく目を細めただけだった。


 悪くない名だとは思う。

 だが、それ以上でもそれ以下でもない。


 名前はついた。

 それで十分。


 今、この場のS級たちにとって大事なのは、そこだった。


 一行は再びギルドマスター室へ戻った、カイトとメグに関してはもう何が何だかわからない、まるでジェットコースターに無理やり乗せられているような感覚だった。


 そんな2人を他所にディルクは書類を受け取り、目を通すと、楽しそうに笑った。


「おめでとうございます。いやはや、まさか本当に通してくるとは」


 笑顔のディルクから軽い談笑がひとつ落ちる。


 だが、それをオリオンが切った。


「世辞はいいです。早く進めてください」


 ディルクは肩をすくめる。


「まあまあ。彼らには大きな一歩ですから」


 突然話を振られたカイトは、びくっと肩を揺らした。


「あ、いえ、あの……別に、全然、お、オッケーです!!」


 全然大丈夫そうには見えなかった。


 ディルクは小さく笑って、改めて書類を机の上に置く。


「いえ。これで『始まりの翼』は、私たちビリジオンの所属パーティです」


 そして、にこやかに告げた。


「ようこそビリジオンへ。期待していますよ」


 カイトもメグも、まともに返事ができなかった。

 プリシラもまた、空気に飲まれたように目をぱちぱちさせている。


 ディルクはそこで指を組み、ようやく本題へ入った。


「では、早速進めましょう。これから説明するのは異例のS級クエストです」


 その一言で、部屋の空気が変わる。


「ただし、公には公表していない案件です。ギルドマスター直轄の依頼であり、外に漏れることはまずありません」


 元S級たちは、それぞれ違う顔で書類を見た。


 ライトニングは訝しげに目を細める。

 フェルクは相変わらず鼻歌まじりで、どこまで本気かわからない顔をしている。

 オリオンは一瞥しただけで、自分の求めていた案件ではないと悟ったのか、静かに引いた。

 エルツーに関しては、やっとここまで来たかと少しため息をついていた

 肩の妖精が興味津々な顔でふわふわ浮いている


「すごいね〜、これなら最速でS級になれるんじゃないの??」


 対して、内容もよくわからないカイト、メグ、プリシラは、ただ「S級」という単語の重さに呑まれていた。


 ディルクは机の上に置いた書面を、指先で軽く叩いた。


 にこにことした笑顔は相変わらずだ。

 けれど、その紙切れ一枚の重さだけは、部屋にいる全員がちゃんと感じ取っていた。


「では、依頼内容の詳細をご説明しましょう」


 **旧ガイロス帝国、王墓の調査。**


 帝都の南に位置する旧王墓。

 すでに放棄された施設にて、セキュリティシステム《白亜》が作動。

 その再稼働の原因を調査すること。必要であれば破壊も辞さず。


 その下には、さらに硬い文言が並んでいた。


 情報に関しては秘匿を徹底すること。

 外部に漏洩した場合、状況によっては冒険者資格の剥奪、ならびにギルド活動の制限を行う。

 ギルド長は本件の取り扱いを慎重にすること。


 フェルクが書面を覗き込み、すぐに顔をしかめた。


「うわ〜、最悪な案件つかまされたな〜」


 口調は軽かった。

 だが、わりと本音だった。


 帝国勅命。

 秘匿義務。

 違反時の処分明記。


 どれもこれも、面倒の匂いしかしない。


 ライトニングは書面を一通り流し読みしただけで、表情をほとんど変えなかった。


「なるほど、私たちにおあつらえ向きという事だな」


 短く、それだけを言う。


 フェルクが横目で見た。


「前向きすぎて引くわ」


「嫌なら帰れ」


「……だからそういうとこだよ……」


 その横で、オリオンの視線がある一点で止まった。


「……復帰早々、よりによって白亜とはな」


 低く落ちた声だった。


 プリシラが小さく首を傾げる。


「は、白亜……?」


 ロッドを抱え直しながら、おずおずと書面を見る。


「そ、それは……魔物ですか?」


「うーん、魔物……ではないかな?」


 エルツーが静かに答えた。


「白亜は、古代文明のオーパーツを原動力としたオートマタだね」


 プリシラがぱちぱちと目を瞬かせる。


 だが、それだけでは当然よくわからないらしい。


 エルツーは書面を机に置き、視線を横へ流した。


「詳しい説明は、そちらの専門家に任せた方が話は早そうですね」


 その視線を受けて、ディルクが楽しそうに口元を上げる。


「なるほど、あなたは侮れませんね。ええ、喜んで」


 そう言って椅子に深く腰掛け直すと、指先を組んだ。


「白亜は、古来よりガイロス帝国で管理されていた警備システムですね。

 内部に組み込まれたオーパーツ級クリスタルを動力源として稼働する自律型警備機構です」


 プリシラの耳がぴくりと動く。

 すでにカイトに関してはキャパを超えていた。

 メグはどうにか頑張って聞いているが、聞いてるフリが精一杯だった。


 ディルクは穏やかな声音のまま続けた。


「王墓内部の防衛、侵入者の排除、施設維持。

 役割ごとに個体差はありますが、総じて“自ら判断し、自ら動く”ことが特徴ですね」


「判断するのか?」


 ライトニングが眉を寄せる。


「命令待ちじゃなく?」


「ええ」


 ディルクは頷いた。


「だから厄介なんです。

 単なる罠や術式であれば、止め方はまだ絞れる。

 ですが白亜は自律している。こちらの動きに応じて、最適化された迎撃をしてくる可能性がある」


 フェルクが嫌そうに口を曲げた。


「建物そのものが敵、みたいな感じか」


「雑にまとめれば、そうですね」


 ディルクは否定しない。


 オリオンは書面から目を離さないまま、低く問うた。


「そのクリスタルで、なぜ動くか未だわからんのか?」


「そうですね。それがわかっていれば、帝国ももっと楽だったでしょう」


 ディルクはわずかに肩を竦める。


「現代に至るまで、理屈そのものは解明されていません。

 起動条件も、持続機構も、自己修復の有無も、すべてが断片的です」


 メグが思わず身を乗り出した。


「そ、そんなものを使っていたんですか……?」


 プリシラも不思議がっていた、


「わからない…………ですか…………」


「使っていた、というより、持て余していたの方が正しいかもしれません」


 ディルクはにこりと笑ったまま言う。


「この技術は世界的に見ても類が少ない。

 価値はある。ですが、理解できないものを都の中枢に近づけて置いておくには危険すぎる」


 フェルクが鼻で笑った。


「だから墓に押し込めたわけね」


「保管庫兼防衛設備としては、理にはかなっています」


 ディルクの返しは淡々としている。


「近づきたくないものを、近づきたくない場所に置く。

 帝国らしい判断ではあるでしょう?」


 ライトニングは書面を机に置いた。


「それが今さら動き出した」


「はい」


 ディルクは頷く。


「なぜ再稼働したのか。

 何をきっかけに起動したのか。

 内部にどれだけの白亜が残っているのか。

 そして、動力源たるクリスタルに異常が起きているのか」


 そこで一拍置く。


「それらを含めて、調べていただきたい」


 プリシラはまだ少しついていけていない顔だった。


「えっと……つまり……すごく危ないけど、誰もちゃんとはわかってなくて……」


「そういうこと」


 エルツーが頷く。


「しかも、相手は止まった機械じゃない。

 今も動いているかもしれない、自立した警備機構だ」


 プリシラはロッドを抱く手に少し力を込めた。


 不安そうだ。

 だが、逃げ腰ではない。


 ディルクは、ふと思い出したようにライトニングへ視線を向けた。


「ちなみに」


 ライトニングが無言で見返す。


「先日テストで使用した『カカシ』も、白亜を模した試作機です。動力は人工クリスタルのプロトタイプですが」


 フェルクが顔をしかめた。


「え、何? その物騒な話は??」


 エルツーは小さく目を細めた。


「やっぱりそうでしたか、妙な違和感を感じた理由はそれですかね」


 ディルクは楽しそうに笑う。


「本物に比べれば、まだまだ未完成ですよ」


 フェルクがぼそっと呟く。


「あ〜、聞かなかったことにするわ」


 ディルクはそのまま書面を指で叩いた。


「ともあれ、この依頼は単なる遺跡調査ではありません。

 帝国が理解しきれなかったものと向き合い、調べ、必要なら止める。

 そのための案件です」


 それから、一行を見回す。


「最悪の結果、事故があっても帝国はこの件を揉み消すでしょう、そんな依頼です。

 ちょうどいい案件です、あなた方が本気かどうか。

 それを証明していただきましょう」


 ライトニングは腕を組んだまま、淡々と書面を見ていた。

 フェルクは嫌そうな顔のまま、それでもちゃんと話を聞いている。

 プリシラは不安そうにしながらも、ロッドを抱く手を緩めなかった。

 オリオンは何も言わない。

 だが、その沈黙はもう、昨日までの拒絶ではなかった。


 エルツーは書面を閉じる。


 旧王墓。

 白亜。

 帝国勅命。


 ずいぶんと重い最初の一歩だ。

 けれど、悪くない。


「わかりました」


 エルツーは静かに頷いた。


「では、詳しい準備に入りましょう。みなさんよろしいですね?」


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