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昔から決めていた事

 ギルドマスターの執務室の重厚な扉が開いた瞬間、カイトとメグの頭は真っ白になった。


 中にいたのは、ただのギルド職員ではない。

 

 執務机の向こうでにこにこと笑っているギルドマスター。

 ソファで茶菓子を頬張っている、いかにも胡散臭い男。

 無言で書類を眺めている大柄な黒髪の男。

 鋭い美貌でこちらを一瞥する女剣士。

 その隣で尻尾を揺らしながら菓子を食べている、ひどく大きな狼獣人の少女。


 空気が違った。

 あまりにも違いすぎた。


 エルツーだけが、いつも通りの声音で言った。


「はい、リーダー連れてきました」


 カイトとメグは、揃って口を開きかけた。

 だが、何も出てこない。


「……は」

「……え」


 そこまでだった。


 目の前に、見たことがあるS級冒険者が三人。

 カイト達も冒険者を目指すと決めてから何度も新聞で見かけたメンツだ。


 登録したばかりの新人がどうこう言える空気ではない。

 というより、何を言えばいいのかすらわからなかった。


 ディルクは机の向こうで、実に満足そうに頷いた。


「いいですね。では、窓口で手続きお願いします」


 それで話は終わったみたいに、全員が動き出した。

 皆何も言わず立ち上がり執務室を後にする


 カイトとメグ、プリシラは半ば反射でついていく。

 いや、ついていくしかなかった。


 ぞろぞろと執務室を出る。

 二階の廊下を進み、階段を下りる。


 その時点で、ロビーの空気が明らかに変わり始めていた。


「おいおい……」

「なんだよ、あのパーティは……」

「一等星いるぞ……」

「あれは雷鳴もいないか……?」

「プラナリア……」

「何が始まるんだ……?」


 囁きが、あちこちで波みたいに広がっていく。


 無理もない。


 先頭を歩いているのは、今さっき登録したばかりの新人冒険者――カイトだった。

 だが緊張しすぎて、右手と右足が一緒に出ていた。


 ぎこちない。

 見ていて不安になる。

 カイト本人も、自分が先導していることにすら気づいていなかった。


 そのまま一行は受付へたどり着く。


 ナナの前に、とんでもない面子を後ろに引き連れた不相応な男が現れた。


 先頭に立っていたのは、ついさっき登録を終えたばかりの新人冒険者――カイトだった。

 明らかに「?」マークが浮かぶような表情で呟く。


「あ……あの……パーティ登録??を……」


 声はか細かった。

 だが、緊張が限界を超えたせいか、逆に目だけは妙に据わっていた。


 ナナはその後ろの顔ぶれを見た。


 同じく緊張する少女。

 エルツー。

 ライトニング。

 プリシラ。

 フェルク。

 そして、オリオン。


 数秒、沈黙。


 次の瞬間、ナナはカウンターから飛び出していた。


「ツー!!」


 そのままエルツーの耳を掴む。


「いっ、痛い痛い痛い」


「こっち来い!!」


 抗議を無視して、そのまま端の方まで引っ張っていく。

 カイトとメグはぽかんとその背中を見送った。


 ナナはエルツーを壁際まで連れていくと、ようやく手を離した。


「ほら!!言わんこっちゃない!! 何考えとうと!?」


「いやいや、なんでよ! 普通にパーティ申請に来ただけでしょ!」


「どこが普通っちゃ!!」


 ナナの声は、もう職員のそれではなかった。完全に素だった。


「まだ新人やろ!? そもそも、さっき登録したばっかりやないか!!

 何でそこにあんたたちみたいな面子がぶら下がっとると!!

 誰がどう見てもおかしいっちゃろ!!」


 エルツーは耳をさすりながら、少しだけ肩をすくめる。


「でも制度上しょうがないし」


「しょうがないで済ませていい話やなか!!」


「ちゃんと守るってば」


「そういう問題やなか!!」


 そこからナナの説教が始まった。


 さすがに全部を真正面から聞く気はないのか、エルツーは「はいはい」「わかったわかった」と適当に受け流している。

 だがナナはそれが気に食わない。


「はいはいやなか!!」

「ちゃんと聞いとると!?」

「はいはい、聞いとる聞いとる」

「マネすんな!!聞いとらんやろうが!!」


 その少し離れたところでは、ライトニングがプリシラの毛並みを整えながら、メグと何気ない顔で話していた。


「お前、名前は」


「あ……え……メ……メグ…………です」


「ふむ、そうか」


 それだけ言って、耳の横の毛並みを軽く整える。


 メグは自分が話しかけられているのか、プリシラの手入れのついでなのか、よくわからないまま背筋をピシッと伸ばした。


 プリシラはプリシラで、じっとしているよう言われたのだろう、珍しく大人しい。

 しかし、尻尾はとても雄弁に語っている。


 フェルクはその様子を見ながら、完全に面白がっていた。


「いやー、新人からしたら地獄だなぁ」


 オリオンは何も言わない。

 ただ、カイトの前に置かれた申請書を一度だけ見て、また黙った。


 数分後。


 ひとしきり怒鳴ったせいで少しだけ肩で息をしたナナが、こめかみを押さえた。


「全くもう……ほんと、あんたって人は……」


 エルツーは悪びれもせず、いつもの顔で立っている。


 ナナは深く深くため息を吐いた。


「……ちゃんと責任、持つんよ?」


 その声音だけ、少し低かった。


 エルツーはそこでふざけず、ちゃんとナナを見た。


「当たり前」


 そして、さらりと言う。


「大事なリーダーだからね。死んでも守るつもり」


 ナナは一瞬だけ言葉を失った。

 こいつはこういう時だけ、妙に真っ直ぐなことを言う。


「はー……」


 盛大に息を吐く。


「業務に戻ります」


 そう言って踵を返すと、ナナは受付へ戻った。


 そして、未だに固まっているカイトの前に立つ。


「……はい、じゃあ手続きしていくけんね」


 声は努めて優しかった。

 ほとんど幼児に話しかけるみたいな調子で、申請書を指で示す。


「ここに名前。わかる?」

「あ、はい」

「じゃあ次、こっち。読める?」

「は、はい」

「うん、えらいえらい」


 カイトはぼーっとしたまま、言われるままにペンを動かした。

 夢の中みたいだった。


 その間、全員は近くのテーブルを囲む形になっていた。


 フェルクは頬杖をついてニヤニヤしながら見物。

 オリオンは静かに座っているだけで圧がある。

 ライトニングはプリシラの尻尾が椅子に挟まらないよう無意識に直してやっている。

 メグは未だに状況が飲み込めず、ただ黙ってカイトの背を見ていた。


 ナナは最後の書類をめくり、事務的に告げる。


「では、最後にパーティ名をお願いします」


 その言葉に、カイトはふっと意識を引き戻された。


「パーティ名……」

「あの………………名前はどうすれば??」


 エルツーは当たり前のようにカイトに言った


「リーダーが決めてください」


 一同は当たり前のように何事もなかったかのようにその言葉に同意している


 カイトがリーダーとして初めて、自分の手で何かを決める瞬間だった。


 真剣に手元の紙を見つめる。

 少しだけ震えていた指が、今度は迷わず動いた。


 ペン先が走る。


 書かれた文字は、驚くほどはっきりしていた。


**『始まりの翼』**


 力強い字だった。


 ナナが瞬きをする。

 メグが息を呑む。

 フェルクは「へえ」と小さく笑った。

 ライトニングは特に何も言わなかったが、悪くないとでも言うように目を細めた。

 プリシラは文字を覗き込みながら、少し嬉しそうに尻尾を揺らす。

 オリオンも黙ったまま、その名を一度だけ見た。


 悪くない。


 場にいた全員が、どこかでそう思った。


 ナナは小さく息を吐いた。


 ギルドマスターも容認している。

 ここまで来たら、もう止められない。


 観念したように最後の欄へ判を押し、書類を整える。


「……はい、これで申請は通ります」


 そして顔を上げる。


「本日付で、パーティ『始まりの翼』、受理します」


 カイトはその言葉を聞いて、しばらく何も言えなかった。


 ただ、紙に書いたばかりの文字をぼんやりと見つめる。


 自分で書いたはずなのに、まだどこか現実味がない。


 それでも。


 その名だけは、確かにそこにあった。



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