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10/20

寡黙な匠

 第3演習場のざわめきは、ギルドホールへ戻ってからもしばらく尾を引いていた。


 壁際のテーブルに腰を下ろしても、視線はまだ切れない。

 ひそひそ声も、完全には止まらない。


 それもそうだろう、とエルツーは思う。


 『雷鳴』のライトニング。

 『プラナリア』のフェルク。

 得体の知れない自分。

 そして、ついさっき演習場ひとつ吹き飛ばしかねない魔法を組み上げかけた獣人の少女。


 落ち着く絵面ではなかった。


 その当人であるプリシラは、椅子に座ってからもどこかそわそわしていた。

 怯えたようにしゅんと下がった尻尾は、まだ完全には戻っておらず、耳も落ち着かなさそうに揺れている。


 そんな中で、プリシラはまず、自分のメイド服の裾を整えた。

 それから膝のあたりについた埃を、ぱん、ぱんと丁寧に払う。


 その仕草だけ妙に真面目で、妙にいじらしかった。


 少し離れた受付の方では、ナナが帳簿を手にしたまま、何度もこちらを窺っていた。

 仕事中だから近づいては来ない。

 けれど、気になって仕方ないのは丸わかりだった。


 特にプリシラを見る目が、少し複雑だった。


 大柄な獣人の少女。

 メイド服。

 おどおどした態度。

 そして、エルツーたちのテーブルに自然に混ざり始めている。


 心配しているのか、呆れているのか。

 あるいは、その両方か。


 エルツーが一度だけそちらを見ると、ナナはすぐに視線を逸らした。


「では、プリシラさん」


「は、はいっ」


 まだ少し上ずった声で、プリシラが顔を上げる。


 エルツーは静かに言った。


「魔法使いとして、ぜひ僕たちのメンバーに加わってほしいです。これからよろしくお願いします!」


 一瞬、プリシラは意味が飲み込めないみたいに、ぱちぱちと瞬きをした。


 それから遅れて言葉が胸に落ちたのだろう。

 顔がぱあっと明るくなる。


「ほ、ほ、本当ですか……!?」


「本当です」


「わ、わたしで、いいんですか……!?」


「プリシラさんがいいんです」


 その言葉に、プリシラは胸の前でロッドを抱きしめるみたいに持ち直した。

 耳がぴんと立つ。

 尻尾も少しだけ上がりかけて、途中で照れくさそうに止まる。


「よ、よろしくお願いします……!」


 深々と頭を下げる。

 勢いがありすぎて、また尻尾がぺたりと下がった。


「だから下げるなと言ったろ」


 すぐ横から、ライトニングの不機嫌そうな声が飛ぶ。


「え!?は、はいっ!!」


 プリシラは慌てて尻尾を上げようとして、でもどうすれば自然なのかわからず、変な角度で止めてしまう。


 フェルクがにやにや笑った。


「いやー、初々しいねえ」


「お前は黙ってろ」


 ライトニングがぴしゃりと言う。


「え?ひどくない??」


「ひどくない」


 だがフェルクはまるで堪えた様子もなく、ぐいと身を乗り出した。


「で? あの詠唱、どこで教わったんだい?」


「え、えっと……」


「誰に習った? あんな数の魔法陣、普通じゃねえぞ?」


「ちょ、ちょっと待て」


 ライトニングがすぐ割って入る。


「いきなり詰めるな。怯えてるだろうが」


「いや、だって気になるじゃん」


「私も気になるが、順番がある」


「順番?」


「ある」


 妙に偉そうに言い切るライトニングに、フェルクが呆れたように肩を竦めた。


「何その保護者面」


「してない」


「してるだろ」


「してない」


 否定は早かった。

 だが、さっきから一番プリシラの様子を見ているのが誰かは、わざわざ口にせんでも明らかだった。


 プリシラは二人の間で目を泳がせながら、おずおずと口を開く。


「あの……詠唱は、昔から……教わっただけで……」


「教わったで済む話じゃないけどな」


 フェルクがぼそっと言う。


 プリシラの肩がまた竦みそうになる。

 するとライトニングがすぐに舌打ちした。


「ほら見ろ」


「いや俺、責めてはなくね?怯えないで??」


「責めてるように聞こえる、怯えている。」


「それは受け取る側の問題だろ」


「お前の声と顔の問題だ」


 プリシラはロッドをぎゅっと握り直した。


「その……すみません、何から話せば?……」


「謝るな」


 今度はライトニングが即答する。


「そのうち話せばいい」


 ぶっきらぼうだった。

 飾り気のない、短い言葉。


 プリシラは目を丸くする。


「……あ、ありがとうございます」


 その返事に、ライトニングは満足そうでもなく、でも少しだけ落ち着いた顔で鼻を鳴らした。


 受付の向こうでナナが、そのやり取りを見ていた。

 帳簿を持つ手が止まっている。

 たぶん、ライトニングが予想以上に姉みたいな顔をしていることに少し驚いとるのだろう。


 エルツーはそんな空気ごと眺めながら、小さく息を吐いた。


 数日前まで、こんなテーブルは存在していなかった。


 追放されたばかりの男。

 崖っぷちの雷鳴。

 女好きで、でも妙に食えないフェルク。

 異様な魔法を抱えた14歳の獣人少女。


 落ち着く要素はひとつもない。

 それでも、不思議と悪くはなかった。


「じゃあ、落ち着いたところで」


 エルツーが言うと、フェルクが露骨に嫌そうな顔をした。


「嫌な予感」


「当たり」


「当たらんでいい時に限って当たるんだよなあ」


「ディルクさんのところへ行きます」


「ほら来た、だよねー、会いたくねー」


 それでもフェルクは立ち上がる。

 ライトニングもプリシラも続いた。


 プリシラが椅子から立ち上がる時、少しだけテーブルの脚に尻尾を引っかけた。

 それを見たライトニングが、すぐに眉を寄せる。


「お前、歩く時もちゃんと胸を張りなさい」


「は、はいっ」


「あと尻尾も」


 反射でプリシラの尻尾がまたしゅんと下がる。


「尻尾」


「す、すみませんっ」


「謝るな」


 テーブルの周りだけ、妙に騒がしい。


 ナナが遠くでそれを見て、とうとう小さくため息をついた。

 呆れているようで、少しだけ安心しているようにも見えた。


 ***


 ディルクの執務室へ通されると、いつものように無駄のない空間が迎えた。


 サラが扉を閉める。

 ディルクは机の向こうで、やわらかな笑みを浮かべていた。


「なんとなんと、これは面白いメンバーですね!投資甲斐がありそうです!」


 その第一声に、フェルクが吹き出しそうになる。


「面白がるなよ」


「いや、実際面白いですよ、久しぶりですねプラナリア」


 ディルクは眉を(ひそ)める。


「雷鳴。プラナリア。そして新顔の亜人。予想の斜め上を行く、というのはこういう時に使う言葉なのでしょうね」


 プリシラはそんな風に評されて、また縮こまりかける。


「背筋」


 ライトニングがすぐ横から小声で言う。


「は、はいっ」


 反射で背筋が伸びた。


 ディルクはそのやり取りまで含めて面白そうに眺めている。


「なるほど。いいですね」


 静かな一言だった。

 人材を拾ったとも、戦力を拾ったとも取れる言い方だった。


 エルツーは椅子に座る前に、もう本題を口にした。


「えっと今度は、人的損耗で解散したリストを見たいんですが?」


 その言葉で、ディルクの笑みがほんの少しだけ深くなる。


「外部流出は、あまり褒められた話ではないんですがねえ」


「見せてくれますか?」


「ずいぶん躊躇がない」


「必要なので」


 ディルクはしばらくエルツーを見ていたが、やがて肩をすくめた。


「そういうところが、実にあなたらしい、いいでしょう」


 そう言って机の脇の引き出しから、数枚の資料を取り出す。


 軽く整え、机の上へ並べた。


「本来なら、ギルド内部でもかなり限られた人間しか見ません。しかし――」


 そこでディルクは、わざと一拍置いた。


「あなたが見たいのは、たぶん“いなくなった者たち”ではなく、“死ねなかった者たち”でしょう?」


 エルツーは何も答えなかった。

 答えなくても、たぶんその通りだと伝わっている。


 資料をめくる。


 病死。

 引退。

 消息不明。

 解散理由は様々だった。


 だが、その中にひとつだけ、目を引く報告があった。


 エルツーの手が止まる。


 そこには、こう書かれていた。


 **パーティ名:金剛石の矢(S級)**

 **概要:メンバー「オリオン」を残し、他メンバーは全滅。**


 部屋の空気が少しだけ変わった。


 ライトニングの目が、その紙へ向く。


「……この男は知っている」


 低い声だった。


 エルツーが顔を上げる。


「面識が?」


「昔な。一度だけ共同クエストを受けたことがある」


 ライトニングは資料を見つめたまま続ける。


「とてつもなく蛮勇で、快活な戦士だった。眩い光を放つ男まさしく『一等星』の輝きだった。」


 その言い方には、少しだけ昔を見ている響きがあった。


「無茶を無茶とも思ってない奴で、前に出たら止まらん。正直、長生きするタイプには見えなかった」


 フェルクが口笛を吹く。


「おいおい、雷鳴にそこまで言わせるのか?あの有名な『一等星』は……」


「褒めてはいない」


「でも嫌ってもいなさそうだな?」


 ライトニングは返事をしなかった。

 ただ、資料を見る目が少しだけ硬い。


 プリシラは状況を飲み込みきれていない顔で、エルツーとライトニングを交互に見ていた。


「その……その人、今は……?」


 誰にともなく漏れた問いに、ディルクが静かに答える。


「生きてます」


 短い言葉だった。

 だが、その後に続く空白が重い。


 生きている。

 ただし、それだけだ。


 エルツーは資料の記述を追った。


 全滅。

 一人だけ生還。

 S級。

 そして、解散。


 そこに書かれていない余白の方が、むしろ大きかった。


「……居場所は?」


 エルツーが訊ねると、ディルクは指先で別紙をとんとん叩いた。


「最新の足取りはありません。」


「なら、どうやって探す?」


 ライトニングが眉をひそめる。


「この帝国で人を探すなんて途方もないぞ」


 フェルクが肩を竦めた。


「しゃーない、別の奴当たるか??こいつなんでどうよ??」


 エルツーは資料を畳みながら、ふと顔を上げた。


「いえ、『一等星』にします。」


「まずは北をあたりましょう。」


 ディルクが珍しく少しだけ目を細める。


「北ですか」


「オリオンみたいな前衛なら、装備の流れが残ってるかもしれない。北側の武具屋なら、山脈向けの重装備も扱ってる」


 ライトニングが短く頷いた。


「たしかに。昔のあいつは、武器の修繕先も偏ってた」


「なるほど」


 ディルクはまた笑う。


「実にあなたらしい。良い結果をお待ちしてます。」


 ***


 北へ向かうにつれて、街の空気は少しずつ変わっていった。


 南の雑多な賑わいとも、東の潮気を含んだ喧騒とも違う。

 石造りの建物が増え、道幅は少し狭まり、行き交う人間の服もどこか厚手になる。


 北方の山脈へ向かう旅人や狩人を相手にした店が多いのだろう。

 通りには毛皮、防寒具、保存食、縄、杭、鎖、厚手の外套が並んでいた。


 その中に混じって、無骨な武具屋が何軒もある。


 飾るためじゃない。

 北の寒さと獣相手に壊れず使うための鉄だ。


 プリシラはきょろきょろと辺りを見回していた。

 人混み自体は東ほどじゃない。

 それでも自分が目立っていることには気づいているらしく、また少し尻尾が下がりかける。


「下げるな」


「は、はいっ」


 ライトニングの言葉に、プリシラはまた慌てて尻尾を持ち直す。


 フェルクが笑った。


「別にいいだろ?プリシラちゃんが可哀想だぞ?」


「うるさい」


 そう言ってライトニングは一軒の武具屋の前で足を止めた。


 煤けた看板。

 分厚い扉。

 店先には、山越え用の槍や鉄靴が無造作に立てかけられている。


「ここですか?」


 エルツーが訊く。


「たぶん」


 中に入ると、鉄と油の匂いが鼻についた。


 店主は無口な老人だった。

 ライトニングがオリオンの名を出すと、老人は無言のまま奥を向き、しばらくして古びた修繕記録の束を持ってきた。


 寡黙な指が、ある頁の端をとんとん叩く。


「……あった」


 ライトニングが記録を見下ろす。


「昔、ここで見てもらってた」


「何が?」


 とフェルク。


「盾だな」


 ライトニングの口元が、ほんの少しだけ歪んだ。


「盾を直したが……直してもすぐに消耗して帰ってくる……とあるな」


 フェルクが吹き出す。


「わかる気がして嫌だな、それ」


 老人は無言のまま、別の短い走り書きを示した。

 最新の記録ではない。

 だが、そこには雑な字で、


 **『東の荷役に流れたと聞く』**


 とだけ書かれていた。


 エルツーはそれを見て、小さく頷く。


「今のところ生きてるみたいですね。」


「東水門、か」


 ライトニングは店を出る前に、店内の無骨な装備をひとつだけ横目で見た。

 それが、昔のオリオンにまだ少し繋がっているような気がした。


 ***


 東水門。

 そこは貿易の要とも言える場所だった。


 商業地区に面しており、帝都にとっての経済の玄関口でもある。

 荷車が行き交い、船荷の確認に怒号が飛び、積み下ろしを待つ人足たちが道のあちこちでたむろしていた。


 大柄で屈強な男が多い。

 オリオンと引けを取らないであろう体格の者も、珍しくはない。


 だが、そんな男たちですら、エルツーたちの摩訶不思議な一団を無視することはできなかった。


 『雷鳴』のライトニング。

 『プラナリア』のフェルク。

 得体の知れない見るからに普通の男エルツー。

 そして、メイド服を着た大柄な獣人の少女。


 特にプリシラは、どうしても目立つ。


 視線を浴びたプリシラは、しゅんと尻尾を下げた。


「すみません……大きくて、すみません……」


 フェルクが肩を竦める。


「俺ももうちょっと目立つ服着ようかな?」


 ライトニングが即座に切り捨てた。


「お前は何着ても裸の王様だ」


「言うねえ」


 そのやり取りの間にも、ライトニングは人の流れからプリシラを半歩引かせた。

 荷車が寄れば肩を掴んで避けさせ、下がった尻尾を見れば注意する。


 本人にその自覚はないのだろうが、世話の焼き方がすでに姉妹だった。


 水門へ向かう途中には、武器屋も何軒か並んでいた。


 港向けの頑丈な鉤。

 荷解き用の刃物。

 船乗り向けの短剣。

 冒険者よりも、働く人間のための武具や道具が多い。


 やがて、一つの会社へ辿り着く。


 水門沿いに建つ、大きな倉庫付きの貿易会社だった。

 荒縄と木箱の匂いが染みついている。

 表で怒鳴っている男は、顔にも腕にも古傷だらけで、いかにも元冒険者あがりという感じだった。


「あ? 誰だい、手ぇ空いてねえぞ」


 早口だった。

 言葉の端々に、妙な江戸っ子気質が滲んでいる。


 エルツーは単刀直入に訊ねた。


「オリオンという男を探しています。ここで働いていたと聞きました」


 親方は一瞬だけ目を細め、それから鼻を鳴らした。


「ああ? オリオン? ああ、いたよ。でけえのが一人で黙って荷担いでたやつだろ」


 ライトニングの表情が少しだけ変わる。


「今は?」


「今日は来てねえ!」


 親方は唾を吐くみたいに言った。


「昨日も昼で上がった。来る日もありゃ来ねえ日もある。働く時ぁ働くが、長居はしねえ」


「行き先は?」


「ああん?」


 親方はエルツーたちを順に見た。

 最後にプリシラで少しだけ視線が止まり、それからまたエルツーへ戻る。


「……知り合いか?」


「これから、なるかもしれない人です」


 親方はそれを聞いて、少しだけ鼻で笑った。


「変な言い方しやがる」


 それから、面倒くさそうに顎をしゃくる。


「最近は西だな。仕事終わりゃ、そっちへ流れてく」


「西?」


「墓場の方だよ。共同墓地の手前に、古びた酒場がある」


 親方は荒っぽい手で首を掻いた。


「確か《常夜灯》だ。あいつァ、たぶんあそこにいる」


 ライトニングが、わずかに眉をひそめる。


「……あいつが、そんな場所に」


「知ってるって言ってたな」


 フェルクが横で言う。


 ライトニングは短く息を吐いた。


「昔のあいつなら、絶対選ばなそうな場所だ……」


 エルツーはその言葉を聞きながら、頭の中で地図をなぞる。


 北で過去を辿り、東で今の足取りを拾い、そして西へ向かう。


 共同墓地。

 《常夜灯》。


 死んだ仲間に囚われた男が沈む場所としては、あまりにも出来すぎた名前だった。


「ありがとうございます」


 エルツーが頭を下げると、親方は手をひらひら振った。


「礼はいらねえよ。あいつ連れてくなら勝手にしな。ただな」


 一拍置いて、親方は傷だらけの顔をしかめた。


「動いちゃいるが、まともかどうかは知らねえぞ。生きてるような顔じゃねえ」


 その言葉は、妙に重かった。


 会社を出ると、潮の匂いがまた鼻をつく。

 荷車が軋み、人足の怒鳴り声が飛ぶ。


 東水門は相変わらず賑やかだった。

 なのに、その中で一行のあいだだけ、少し静かなものが落ちていた。


「《常夜灯》か」


 フェルクがぼそりと呟く。


「洒落にならんな」


 ライトニングは答えなかった。

 ただ、視線を西へ向ける。


 プリシラはそんな二人を見て、不安そうにロッドを抱え直した。


「そ、その……行くんですか?」


「もちろん行きます」


 エルツーは迷いなく答えた。


「生き残ってしまったのでしたら、人生は続いてしまいます。」


 プリシラは少しだけ緊張した顔のまま、こくりと頷く。


 ライトニングがそれを見て、また眉を寄せた。


「尻尾」


「あっ」


 しゅんと下がっていた尻尾を、プリシラは慌てて持ち上げる。


「胸も張れ」


「は、はいっ」


「声が小さい」


「はいぃっ!」


 少しだけ元気な返事になった。


 それを聞いて、ライトニングはようやく鼻を鳴らす。

 フェルクがにやにや笑う。


「優しくねお姉ちゃん?」


 ライトニングは無言で肘を入れた。


 東の喧騒を背に、一行は帝都の西へ向かって歩き出す。


 帝都の西へ進むにつれ、街の空気は少しずつ痩せていった。


 人通りは減り、石畳の隙間には乾いた土が溜まり、建物の壁もどこか煤けて見える。

 南西区は、華やかな商業の匂いからも、武を誇る喧騒からも少し外れた場所だった。


 やがて視界の先に、共同墓地が見えてくる。


 整然と並ぶ墓標。

 風に擦れる枯草の音。

 墓守の小屋の脇には、供えられて間もない白花がいくつか揺れていた。


 墓地の中には、まだ人影が残っていた。


 古びた剣を胸の前で立て、静かに手を合わせている冒険者。

 その少し奥では、若い女が墓標に縋るように膝をつき、声を押し殺して泣いている。

 恋人なのか、伴侶だったのか、そこまではわからない。

 ただ、その背中だけで十分だった。


 ここでは死は遠い昔の話じゃない。

 名を刻まれた者たちは、今なお誰かの時間を止めたまま、この場所にいる。


 日が傾きはじめたせいか、あたりはまだ明るいのに、妙に静かだった。


 その墓地の手前に、古びた一軒の店がある。


 軒先の灯はまだ薄く、看板は長い風雨に晒されて文字が掠れていた。

 それでも、そこに刻まれた名前だけはどうにか読めた。


 ――《常夜灯》。


 弔い帰りの者が立ち寄るのか、扉の前には踏み慣らされた跡がある。

 酒場にしては騒がしさがなく、かといって礼拝堂ほど静かでもない。

 生者が酒を飲み、死者の名を思い出すためだけに残されたような場所だった。


 かつてS級の最前線にいた男も、今や死者のそばで、たった一人取り残されていた。

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