第9話 本物の悪役令嬢ゼミロア
自宅が完成した。
飾り気のない、シンプルな家。
三角屋根のついた木造平屋、一DKの狭い家だ。
それでも風雨を凌げるのだ。ありがたい。
いずれ家具を揃えたり、部屋を拡張させたりして、自分好みにカスタムすればいい。
ヴィクトリアは頷いた。
ちょうど完成したあたりで黒雲がやってきて、
火山帯をしっとりと濡らしていった。
ヴィクトリアは早速自宅へ入る。
ティーシャは枯草の玄関マットで両手両足を拭き、
プルプルと震えて雨水を飛ばした。
暖炉に薪をくべ、
マッチをすると、
乾いた音とともに赤い炎が躍った。
ヴィクトリアは、
「あの人にお礼がしたいわね」
「家を建ててもらったのは、ヴィクトリアさまが食べ物を分けてあげたからです。親切の謝礼として自宅をもらった。
相手方にすれば貸し借りゼロですが、
……おっしゃる通り、このままでは気が引けます。
——もっとも、彼に妻と子供がいれば、の話ですけどね」
ティーシャは小さく付け加えた。
♢ ♢ ♢
ミノタウロスのミノさんは、
今日も朝から墓参りに行った。
陽を受けて、等間隔に並んだ墓標たちが薄く長く、大地に影を作っている。
ひときわ目立つ墓標の前まで来て、
ミノさんは足をとめる。
それは、妻と子が、火山マップで生きていた証。
両手を合わせ、
静かに祈る。
「なるほど、そういうことだったんですか」
聞きなれた声が背後からした。
驚いて振り返ると、
悪役令嬢と一匹の黒猫が、自分を見据えるようにそこにいた。
♢ ♢ ♢
「——簡単に言うと、このあたりの領主が、どうしようもない悪人なんだ」
ミノさんはポツポツと語りだした。
「魔王軍が〝悪〟を語るとは、相当なゴロツキなのでしょう」
ティーシャが皮肉っぽく応じる。
ヴィクトリアがキッと睨み、
空気を読まない猫の尻尾を握りこんで、
半笑いのティーシャがピギャッ!と涙目になった。
「ははっ。間違いない」
ミノさんの相槌。
ミノさんの話を要約すると、
領主ゼミロアと呼ばれる女性が、食料配給を渋っているらしい。
本来得られるはずの食料がなく、兵士やその家族が次々と飢えで亡くなっていく。
「火山マップじゃ、穀物は金よりも価値があるからな」
ミノさんの説明。
「高値で売りさばき、私腹を肥やしてるって噂だ。
口癖は『穀物がなければ、ケーキを食べればいいですのに』なんだそうだ」
(——どこかのマリーさんみたいですね)
ティーシャは呆れた。
妻も子供も、
最期には骨と皮だけになってしまって、
「おいしいお肉が食べたいわ」
と言いながら、動かなくなってしまった。
説明しながら、ミノさんの頬が透明の液体で濡れる。
どうやら、
本物の悪役令嬢がいるらしい。
「魔王さんに掛け合えばいいのではありませんの?」
「無理だ」
ミノさんが即座に首を振った。
「ゼミロアは魔王様の愛人だからな」
「いや、ですから、魔王さんに相談すれば」
「無理だと言ってるじゃないか!」
ヴィクトリアの言動に、ミノさんが苛立つ。
「でもでも、一度くらいは魔王さんに——」
「できるわけないだろう! 魔王様だぞ! 魔王領トップのお方だぞ。俺だって一度お目にかかった程度なんだ! 俺の意見なんて握りつぶされて終わる!」
「だーかーらぁ、わたくしが魔王さんに掛け合ってあげるって言ってんの!」
——ふぁっ?
ミノさんの目が豆粒になった。
隣でティーシャが、
「おばあちゃまの発作が始まりましたね」と目を細めていた。




