第10話 魔王軍の領主はおばあちゃまに詰められる
巨大な魔獣の頭の骨。
白くて年季の入ったその骨の、
てっぺんに立つ、点。
一人と一匹。
「ひゅー! いい眺め!」
外見だけ若い老婆が、大地を一望しながら言った。
「ヴィクトリアさま。凧はやめませんか?」
肩に掴まるティーシャが、
ひげをブルブルと震わせている。
「あら、どうして?」
「猫の心臓は小さいもので」
「〝猫は高いところが好き〟って、相場が決まってるでしょ」
「歩いていけば、普通につきますよ?」
二人は今、
魔王城を目指して、グライディングしようとしていた。
ティーシャの提案に、ヴィクトリアが吐息する。
「あのね。確かに歩けばつくけれど、魔王城まで一週間の距離よ。途中で領主の屋敷に立ち寄るんだもの。スピーディーにいきたいわね」
「ご傘寿のおばあちゃまは、もっと慎重だと思ったんですけどね」
「おばあちゃまは、生い先短いからせっかちなの」
「年齢じゃなく、性格の問題——って、うおぉおおい!」
——ダンッ!
何か言った?
とばかり、
ヴィクトリアの金髪縦ロールは、
すでに青空の風をうけて、盛大になびいていた。
「ぎゃうやぁああ!」
「ひゃっほー!」
二人を連れた凧は領主の屋敷に向かった。
♢ ♢ ♢
「なに? 火山マップから金髪女がやってきた?」
角をはやした領主。
黒いトゲトゲしたスーツを着て、
フロントの大胆なカットから、
プリンのようなメロン二つが、今にもこぼれそうな感じで揺れている。
ザ・悪役。
彼女はワインの入ったゴブレットをテーブルに戻し、
豪華な椅子から立ち上がった。
(急襲か? 今すぐにでも迎え撃ってやろう!)
彼女は武器を構えた。
「——あらあら。あなたがゼミロアさんね」
やけに軽やかで楽しそうな声が、広間の奥から響く。
コツコツとヒールを鳴らしながら現れたのは、
金髪縦ロールのおばあちゃま。と黒猫。
さっきまで土いじりでもしてたのか、手にはスコップを持ち、少し服も汚れている。
(なんだ。ただのお嬢様系NPCか)
「高齢者は短気だから、率直に言うわよ」
ヴィクトリアはビシリとスコップを向けた。
「はん?」
「食料の独占は許しません! 今すぐ火山マップに食べ物を配りなさい!」
空気が固まった。
「ヴィクトリアさま、唐突すぎて伝わってませんよ」
ティーシャがほっぺをツンツンする。
「ハハハッ! 食料の独占は許しませんだと? どこのNPCか知らないが、私は魔王軍の領主だ! どんなことをしても許されるのだ!」
(噂は本当のようですね)
(まったく、これだから若い子はダメなのよ)
ヴィクトリアが高齢者マウンティングしていると、
ゼミロアの手のひらに紫色の魔法陣が浮き出た。
「私に盾突くヤツは死んでいけ!」
シュン!
勢いよく繰り出された紫電の球体。
それは、
床を削り取りながら、
ものすごいスピードでヴィクトリアに迫った。
「NPCが出すぎた真似をするからこうなるのだぞ! 塵も残らずあの世に行きだ! ガッハハ——はぁあ……?」
シュウウウ。
広間を満たす濃煙。
煙は徐々に晴れていき、
金髪縦ロールのシルエットが浮かぶ。
ヴィクトリアは、
スコップ一つで攻撃魔法を防いでいた。
「ば、ばかなっ! 何者!」
(ヴィクトリアさま、たかが領主相手に本気を出してどうするんです)
(強いかもしれないじゃない)
(元交渉役の立場がバレるじゃないですか。ごめんですよ、厄介ごとは)
何も、——そう、何も心配してない黒猫が、あくびを噛み殺しいながらつぶやいた。
「貴様ぁあ! うまくバリアで切り抜けたらしいが、同じ手は喰らわんぞ! 次こそ……」
——シュンッ!
「だーかーらぁ! バトルしたいんじゃないの!」
「ふぁっ……?」
消えたと思ったら、次の瞬間には、間合いに入られていた。
金髪NPCの両目は、赤い残像を引いている。
「わたくしは交渉がしたいって言ってるのよっ!」
——ボッカーン!
スカートがなびいて、
強烈な回し蹴りが椅子にめり込んだ。
NPCは指の関節を鳴らしながらこっちへ来る。
「誰でしたっけ? ゼミロアさん? 先日読んだシークレット・ファイルに、あなたのことも書かれてたわよ。本名、ゼミロア・デビロディア。魔王領南部出身で、父親は退役軍人、母親は織物商。趣味はパンク音楽。エレキギターが得意なんですってね」
「ぐあはっ——?」
「好きなタイプはチョイワルな男性。普段は肩で風をきってる分、好きな人の前ではデレちゃうナマコタイプ。魔王さんとチョメチョメするときは、『恥ずかしいから明かりを消して』って言っちゃう乙女ちゃん。好きな大人の遊びは——」
「どうわぁああ! どこまで知ってるんだ貴様ぁあ!」
敵は赤面しながら後退した。
「どこまでも知っているわよ」
(怖すぎます)
横でティーシャが本心でつぶやいた。
「くそー! こんなNPCに詰められるとは! 見てろ! お前なんか魔王様に言いつけて、コテンパンにしてもらうんだからっ!」
アッカンベーと舌を出し、
ゼミロアはポータルへ飛び乗った。
「どうします? 諦めますか?」
「そんなわけないでしょ。魔王城へ追撃するわよ」
「さすが、鬼も恐れる元交渉役」
「やめとく?」
「向かいましょう」




