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第8話 不運続きの大公さま

 ミノタウロスの〝ミノさん〟は、次の日も屋根をこしらえにやってきた。


「屋根ってのは、まず三角形のトラスを造り、その後、平板をかぶせていくんだ」

 ミノの知識は深い。

 器用に建材を組み合わせ、骨組み、次いで屋根本体を建てていく。


 カンカン・トントンと、

 乾いたづちの音が心地よく響く。


「詳しいのね」とヴィクトリア。

「火山マップの遠征から帰ったら、家族のために家を建てる約束をしてたんだ」

「へー」

「給料もたっぷり出るからな」

「ふんふん」

「でも、自分の家にはこだわりたいじゃないか。だから、遠征前にいろいろ建築の勉強をした」

「立派ね」


 意外であった。


 魔王軍の兵士なんて、みんな粗野だと思っていたけれど、

 知れば知るほど繊細で、

 人間と同じような感情を持っていた。

 ヴィクトリアは感慨深そうに紅茶をすする。


「今度、奥様とお子様に会いたいわ」

 彼女がなんとなくそう訊いて、

 ミノさんの木槌を打つ手が止まった。


 彼はヴィクトリアを見てから、屋根を見て、

 再びヴィクトリアに視線を移した。


 そして言った。


「ああ、……だな」



 ♢ ♢ ♢



「雨漏りでございますか!」

 大臣が叫んだ。


「そうだ! 昨日から降っている大雨で、私の部屋がびしょ濡れだ!」

「申し訳ございません! すぐに修理を依頼します」


 野太い男の声にき立てられて、大臣の肩が跳ねる。

 彼はアセアセと廊下を走った。


 その声の主。

 今日も重そうな礼服を着た大公は、目の端をピクピクと痙攣させていた。


 ——不運続き。

 そう。

 連日の不運で、彼は今日も朝からいらだちを募らせていたのだ。


 妻リリーが来てから。いや、女狐ヴィクトリアを追放してから、

 毎日がうまくいかない。


「なぜだっ!」

 彼は舌打ち。





 はじまりはキャンプ道具だった。


 大切に保管していた『たこ』が見当たらない。

 管理はヴィクトリアにやらせていた。

 場所は彼女がよく知っている。

 使いの者をよこして尋ねようか。

 そんな考えがよぎるが、すぐにかぶりを振って否定した。


 次は、熟成ワインの瓶が割れた。

 突然だった。


 大公が鼻歌まじりに貯蔵庫へ入ると、

 ドアを開けた瞬間に、三百年もののワインが一斉に弾けた。


「吉凶のきざし!」


 だが、よく考えてみれば、

 ワインというのは保管状態が悪いと爆発しがちで、

 それは、

 発酵と温度変化で、瓶の内圧が変わるためであって、

 風水的な意味などありはしないと自分に言い聞かせては胸をなでおろす。


「ワインの責任者を連れてこい!」

 義憤に満ちて床を蹴りながら進むと、

 十歩ほど行った場所で、

 責任者はヴィクトリアだったと思いに至り、頭をかきむしった。





「大公ちゃん、焦らないの」

 宝石のドレスに、大きな胸をボインと見せつけたリリーは、

 大公の唇に人差し指を当てた。


「うまくいかない時もあるわよ。そんな時は、あまーいお菓子でも食べて、うっぷんを晴らしましょ」


 リリーはマカロンが大好き。

 大公はやれやれと吐息してから、アーンしてもらった。


「じゃあ次は、君の果実でも楽しませてもらおうか」

「いやん、えっち」


 そしてベッドへ彼女をエスコートし、

 そのベッドが、

 ——雨漏りで水浸しになっている。


「くううー!」


 大公の子供じみた絶叫に、リリーは両耳をふさいだ。



 ♢ ♢ ♢



 火山マップ。遺跡付近。


「——っ!」

 ティーシャが絶句した。

 いや、正確には予想が外れて、思考が停止してしまった。


 ミノタウロスの彼は、この道をいつも通っていた。

 道をたどれば村がある。

 村があれば、作物の種や飼料を分けてもらえるだろう。

 そう思って来てみたのだが、


 ——黒猫の眼前に広がっていたのは、

 まったくの廃墟であった。


 ポツポツと、家屋の跡とおぼしき土台が、道の両脇に点在する。

 だが、

 魔王軍の兵士はおろか、

 人っ子一人、見当たらない。


「おかしいですね」

 ティーシャは目を鋭くした。

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