第7話 美人で若いヴィクトリアさま
ミノタウロスの働きぶりは凄まじかった。
自慢の斧で大木を伐採、同時に運搬。
つるはしで岩を砕いて、石材を調達。
彼にとっては、革袋の重量制限なんて、あってないようなもので、
自分よりも嵩のある建材を一度に運んでくるものだから、
ヴィクトリアはすっかり驚いて、
目をぱちくりさせ、
紅茶のカップを手に持ってフリーズしていた。
「ヴィクトリアさま、我々も何かしましょう」
ティーシャが尻尾を振りながら急き立てる。
「作業台で弓がクラフトできましたよね。
ミノタウロス氏の木材を借りて弓を作り、食料を確保すべきです。頑張れば、今日の昼食は焼肉かシチューですよ」
「狩りね。面白そうだわ!」
その後、
ヴィクトリアは弓をかついで平野に入り、
草を食んでいる羊を射止めて、
骨付き肉を手に入れた。
ティーシャが鑑定すると、
火山帯よろしく、肉には毒の気配があった。ミノタウロスの説明していた通り。
「毒の問題は今後の課題ですね」
ティーシャがホログラムを閉じる。
「今日のところは、汚染されていない部位を見定めて、下さない程度に食べましょう。
毒耐性カンストなヴィクトリアさまも、毎日が汚染食だとさすがに心配になります」
「ノープロブレム!」
「ヴィクトリアさまが大丈夫でも、ボクが死にます」
「あらま」
途中、赤くておいしそうな実を見つけた。
それは家畜用の餌だった。
「ふむふむ」とティーシャの三本ひげが揺れる。
「ワークフローが見えてきましたね。
ヴィクトリアさまの今後の活動は、
一、畑や果樹園で作物を作る。
二、家畜を飼う。
三、家畜を使役して、収穫をオートメーション化する。
四、できるだけ早く、毒の解決法を見つける」
「動物のお手伝いさんと一緒にスローライフ! 願ったり叶ったりだわ!」
ヴィクトリアはスキップした。
♢ ♢ ♢
彼女は火をおこし、
肉に串を刺してバーベキュー風に調理した。
羊肉はできるだけ細切れにし、一つ一つティーシャが鑑定。
ひとまず汚染度十パーセント未満の部位だけを使う。
「いい匂いだ」
ミノタウロスがやってきた。
ひと汗かいた魔獣は、表情が朗らかで白い歯が映える。
改めて見てみると、
彼はなかなかにイケメンだった。
魔獣といっても、
体格はほとんど人間に近く、牙と角が少し見える程度。
透き通った碧眼は海のように深く、
目筋鼻筋の彫り具合たるや、大公にも負けない。
「美味い! こんなに美味い肉は初めてだ!」
彼は串の一つを早々と平らげた。
ヴィクトリアの料理上手を褒め、追加の串に手を伸ばす。
彼の、意外なほど整った横顔が、
そのブラウンの撫でつけ髪からチラリと覗く。
ヴィクトリアは、
——ああ、ヴィクトリアは、
無意識のうちに、自分の縦ロールの金髪をいじっていた。
「ヴィクトリアさま。だめですよ。彼は既婚者ですし、年の差はおそらく五十以上」
「な、なにが言いたいの」
慌てた彼女に、ティーシャがニヒルに笑った。
黒猫はヴィクトリアの足元をクルリと回り、近くの丸太へ飛び乗った。
「本物の悪役令嬢にならないよう、お気を付けて」
「はーい」
♢ ♢ ♢
食事を終えると、
再び作業開始。
「ミノタウロスさん、あなた名前は?」
ヴィクトリアは窓枠を支えながら訊いた。
彼は窓枠に釘を打ち付けて、
ズレないか確かめ、
脚立から降りてくる。
「何か言ったか?」
「だーかーら。あなたの名前よ。まさかミノタウロスっていう種名が名前なわけないでしょ」
「んー。俺には名前がない」
「名前がない?」
「魔王軍の兵士だ。名前なんてないさ。
あえて言うなら、
魔王軍の歩兵、スキルは斧、レベルは五十二! 自慢は怪力。牙が白くて綺麗! 毒が苦手で腹を下しがちの、三十五の男だ!」
彼が筋肉を見せつけるように、ポーズを決めるものだから、
つい、
ヴィクトリアはクスクスと笑ってしまった。
♢ ♢ ♢
長い一日が終わった。
ミノタウロスの作業のおかげで、
家の基礎と壁ができた。
あとは屋根をつければ完成。
「じゃあな」
彼が手を振って帰っていく。
夕日に染まる彼の背中。
「ねえ、ミノタウロスさん」
「なんだ?」彼が振り向く。
「あなたの名前、考えたわ。これからはミノさんにしましょう。ミノタウロスのミノさん。わたくしの名前はヴィクトリア。ヴィクでもトリアでも好きなように呼んで」
〝ミノさん〟は目を大きく見開いて、
恥ずかしそうに頬をかき、
「俺に名前なんてもったいねぇよ。戦闘でいつ死ぬかもわからねぇ生き物にさ。でも……、ありがとうよ。美人で若いアンタに言われちゃ、照れるってもんだぜ」
見つめあう二人。
(美人で若い? 若い? 若いって言いましたか? あーあー、悪い予感しかしませんね)
ティーシャは前途に不安しかなかった。




