第5話 おばあちゃまの圧倒的強者感
「戦って肉になるか、戦わずに肉になるか。好きな方を選べ!」
「八十五歳のおばあちゃまはね──」
ニヤリと口元を上げたヴィクトリア。彼女の両目が猟奇的に赤く染まる。
「──お肉の脂だけで、胃もたれを起こすの」
(強いっ!)
震えだしたのは、
意外にもミノタウロスであった。
ヴィクトリアは大工道具である釘を、
まるでメリケンサックのように指の間に挟み、
ドス黒いオーラを出しながら、
笑顔で目の前の敵と対峙している。
この表情。
この雰囲気。
(釘を自在に操る操作系。いや、釘に刺された者が、彼女の傀儡と化す、パペット系の能力か……!)
ミノタウロスは思案を巡らし、一歩退いた。
「早速勘違いされちゃってますよ。どう収めるんですか」
肩のティーシャが小声で訊いた。
「おばあちゃまのオーラが〝圧倒的強者感〟なんですよ」
「あらま」
ヴィクトリアはフフフッと上品に笑ってから、
「逃げるわよっ!」
一目散に地面を蹴った。
「まて、コラ!」
ミノタウロスが追いかける。
彼女は木々の間を駆け抜け、
敵は斧を振り回して迫ってきた。
狭い場所で、柄の長い武器は不利。
──と思ったが、
ミノタウロスの腕力とは凄いもので、
まるでストローのように、
綺麗な断面でもって、木々をスパスパとなぎ倒してくる。
「伐採の手間が省けそうねっ!」とヴィクトリア。
「何か手を打たないと、家を建てる前に、ボクたちが伐採されてしまいます!」とティーシャ。
──うおぉぉおお!
咆哮からの強烈な横なぎ。
斧の先がキラリと光り、樹齢千年くらいの幹が次々と倒されていく。
「ティーシャ! あなた攻撃魔法は?」
「無茶言わないでください。ボクの能力は『鑑定』だけです」
「使えない子ね」
「猫が魔法を使うのは、ファンタジーだけですよ」
そんな言い合いをしていると、
古代遺跡風の壁が現われた。
艶やかな石像が四方に配置された空間。
そこに地下水が湯だまりを作り、温泉みたいになっている。
「行き止まりですか」
「せっかくだし、お湯につかりましょう!」
「はい?」
黒猫が間の抜けた声を出す。
「何が〝せっかく〟なんですか。一か八か〝お色気の術〟ですか? 八十五歳のヌードは犬も食わんですよ」
「わたくしの頭に乗りなさい!」
「わぎゃっ!」
ぼちゃーん!
ヴィクトリアは温泉に肩までつかった。
♢ ♢ ♢
「あら、いらっしゃい。ヴィクトリアの湯へ」
叢から出てきたミノタウロスは、
気持ちよさそうに湯につかる女を見て、目が飛び出た。
それもそのはず。
このあたりの温泉はすべて、致死性の『毒湯』だからだ。
「き、貴様……、その湯は……」
「汗をかいたら湯につかる。当たり前でしょう? さっぱりしたら、戦いの続きをしましょうね。ほら、あなたも温泉に入ったら?」
(何の真似……)
まさか、毒がないというのか!
(湯は毒。だが、すべての湯を調べたわけではない。無害な温泉が残っているなら大発見だ)
〝パパあ! お腹すいたよお〟
〝今日もお肉が食べれないの?〟
〝待ってろよ、今に毒のない美味しい肉を持ってきてやるからな〟
火山マップで家族を養うのは大変だった。
いくら魔王様からの指示とはいえ、こんな荒廃した土地じゃ、まともな食事にありつけない。
だから毎日冒険者を襲った。
毒のない肉が、ほしかった。
そして今、
目の前に、
──毒のない温泉がある。
だったら毒のない食材だって、近くにあるはずだ。
夢にまで見た、無害な食べ物。
家族で笑い合う、幸せな時間。
ミノタウロスの目に、
──透明の液体が溢れていた。
「どうぞお入りになって」
ヴィクトリアの誘い。
ミノタウロスは、
武器を置いた。
そして、
今、
温泉に足をつけて──
「ぎゃぁああ! やっぱり毒じゃねえかあ!」
魔獣の悲鳴が森の中に響いた。
ミノタウロスはピリピリと体中が痺れて、身動きが取れなくなってしまった。
ヴィクトリアは彼をロープでぐるぐる巻きにし、木に縛る。
「そうでした。ヴィクトリアさまは毒耐性がカンストしてたんですね」
ティーシャの欠伸。
ヴィクトリアは公務で、魔王との和平交渉を何十年も続けていた。
魔王領に出入りすることもしばしば。
彼女は仕事の中で、当然のこととして毒耐性を身につけなければならなかった。
毒温泉。
そんなものは、八十五歳の身体にはミネラルウォーターであった。
「んなわけねーだろ!」
縛られたミノタウロスは吠えた。
「経験値の差ですよ」とティーシャ。
「ヴィクトリアさまは、それだけ頑張られたんです。〝苦しんでるから人を襲おう〟なんて考える、人生舐めてるような生き物とは、努力の量が違うんですよ!」
ミノタウロスの牙が、口の中に隠れた。
「お前が強いのは分かった。だから頼む。俺はどうなってもいい。だが家族には、家族だけには手を出さないでくれ」
「家族?」
「妻と子どもたちがいる。腹を空かせてる」
ヴィクトリアとティーシャは顔を見合わせた。




