第3話 「経験はありません。でも楽しそうでしょ」
森の中を、三日歩いた。
途中、
クマに遭遇して、「お座り!」を命じて黙らせたり、
オオカミに遭遇して「わたくしの視界に立つんじゃありません!」と大声で威嚇してみたりと、
ヴィクトリアは肝の据わった八十五歳を演じてみせた。
ティーシャは隣で、
「さすがご傘寿のおばあちゃま。金太郎も顔負けですね」と、
皮肉交じりに彼女を褒めた。
「何十年も、ドロドロの権力争いを生き抜いてきたのよ。今さら魔獣の牙くらい何ですか」
「普通は怯むんですよ」
「あらま」
その後も、
洞窟で暖を取ったり、キノコでお腹を満たしたりして、森の中を進む。
できるだけ王国から離れるように、
できるだけ追っ手が来ないように、
辺境の地を目指して進む。
「スローライフって、具体的に何をするおつもりなんですか?」
蔦の絡まる岩を登りながら、ティーシャが訊いた。
「温泉は必須ね」とヴィクトリア。
答えながら、絶壁を器用に登る。
「──それから、モフモフの動物たちもほしいわ。トマトやキュウリを植えるでしょ? もちろん、豪華で可愛らしい自宅はマスト。そこで日の出とともに起き、日の入りとともに寝る」
「おばあちゃんですね」
「年齢相応と言いなさい」
ヴィクトリアが猫を軽くデコピン。
「目標が定まっているなら早いです」
ティーシャが最初に崖を登り切って、主人の袖を口で引っ張って、ヴィクトリアが最後の力を振り絞って崖を越える。
「温泉つきなら、火山帯のマップを目指しましょう」
「火山帯?」
「はい。火山帯は温泉が出やすいんです。地殻がむき出しになっている分、鉄や鉱石など『クラフト素材』も集めやすいですしね。……ほら、頑張って登ってください」
(ゼーハー、ゼーハー)
二人が絶壁を登りきると、
開けた大地に迎えられた。
遠くに赤茶けたエリアも見える。きっとあそこが〝火山マップ〟だ。
「残り二日の距離ですかね。じゃ、崖を降りる道を……」
「ティーシャ」
「なんです?」
ティーシャが見上げると、
ヴィクトリアの口角は鋭くなっている。
彼女の瞳は、
童心に返ったように、爛々《らんらん》と燃えているではないか。
黒猫は、
自分の主人が、また〝よからぬこと〟を考えていると直感し、三角耳を萎れさせた。
「……。……ヴィクトリアさま。ボクは不賛成です」
「まだ何も言ってないじゃない」
「阿吽のナントカですよ」
「もうっ! どうして不賛成なの」
ヴィクトリアが頬を膨らませた。
ティーシャは理由を答える代わりに、
「ご経験は?」
「ご経験は、ありません。でも楽しそうでしょ」
彼女はリュックから〝それ〟を広げた。
どこから搔っ攫ってきたのか。ティーシャの額に小汗が垂れる。
「〝大公さま〟ですね?」
「よく分かったわね。あの人、キャンプが好きだから、〝退職祝い〟に持ってきちゃった」
「〝追放の腹いせに奪った〟の間違いですね」
「よくなくって?」
「大正解です」
──バサッ!
支柱が組み上がり、薄い獣皮が風を受けて張る。
「わたくしをしっかり掴みなさい! 振り落とされても知りませんわよ!」
ティーシャはヴィクトリアの肩に、しっかりと抱き着いた。
──タタタタッ!
助走をつけて、
ヴィクトリアは──
岩を蹴った。
『凧』はコウモリのような両翼の間に、一人と一匹を吊り上げ、
大空を切り裂くようにして、
一直線に飛んだ。
「ぎゅわああぁあ!」
涙目のティーシャは、恐怖でしっぽがピンとなる。
「ひゃっほう! 気持ちいい!」
ヴィクトリアの金髪縦ロールは、
自由を謳歌するごとく、
慌ただしく前後に揺れるのだった。
「次回から、長距離の移動はコレにしましょう」
「悪役令嬢めっ!」
ティーシャは主人を、つい、そう呼んでしまった。
♢ ♢ ♢
斧を持った『ミノタウロス』は、
青い空に、白い点が移動しているのを見つけた。
「ん? ……んん?」
目を細める。
首を傾げて、
もう一度、反対方向に首を傾げて、
〝考える人〟のポーズをとって、
「ああ!」
何かに気づいた様子で、
手をポンと打ち合わせた。
「食料が来たみたいだ」




