第2話 セカンドライフ、スタート!
「ヴィクトリアさま、本当に城を出るおつもりですか」
ペットの黒猫、ティーシャが、訝しそうに尋ねてきた。
ティーシャはピョンと跳ねて、ヴィクトリアの肩に乗った。
「当たり前でしょ。自由の身よ。こんな狭っ苦しい場所で、一生を終えるなんて最悪中の最悪よ」
「ボクは城の中がいいです」
「どうして」
「毎日、美味しい猫缶が食べられるから」
ティーシャがそう言って、
ヴィクトリアが軽くデコピン。
「そうやって、甘ーいお菓子ばかり食べてると、今にブックブクに太って、ネズミを狩ることもできなくなるわよ」
「なんでネズミを狩る前提なんです」
「まあ、真面目な話をすると──」
ティーシャはまん丸の目を彼女に向けた。
「ボクはヴィクトリアさまが心配なんですよ」
「わたくしが?」
「大公さまから血を分けてもらえなくなると、ヴィクトリアさまには破滅エンドしか待ってません」
「……」
その返答に、彼女は押し黙る。
ティーシャの説明は間違っていなかった。
若さと美貌を保つ『竜の血』。
その効力は、時間とともに逓減する。
効力を保つため、ヴィクトリアは半年に一度、血を分けてもらっていた。
だから、
そのルーティーンがなくなれば、
彼女は老けた普通のおばあちゃんに戻ってしまう。
病気もするし、こければ骨折もあるだろう。
彼女はニヤリと口角を上げた。
「だから、なに?」
その自信満々の声色を聞いて、
黒猫は両目を二度ほどパチパチさせて、
やがて三角耳が垂れた。
「どうやら、ボクの意見は、ヴィクトリアさまには〝おせっかい〟だったみたいですね。本当はボクもこの城は嫌いです。息が詰まりますから」
「じゃ、決まりね!」
♢ ♢ ♢
衛兵に両腕を掴まれ、長い廊下を歩く。
「痛くありませんか?」
衛兵の一人が、彼女を気づかう。
ずっと城で公務をこなしていたのだ。
知り合いも多い。
「ダメよ! あなたは若いんだから!」
ヴィクトリアは鋭い視線を向けた。
「えっ?」
「見て。大公さまがずっとこちらを監視してるわよ」
二階の回廊から、重そうな礼服を着た男が、蛇のような眼差しを向けている。
(──だからわたくしを気遣えば、グルだと思われて、一緒に追放されてしまうのよ!)
衛兵からポロポロと涙が漏れ出た。
彼は情に脆かった。
やれやれと、
ヴィクトリアは、彼の腕を自分の腕に絡ませる。
そして、わざとらしく大声で、
「きゃあ! なにするの! そんなに強く掴むなんて! やめてよ!」
ギロリと睨んでみせる。
突然の出来事に、衛兵は後ずさった。
彼女は続ける。
「覚えてなさい! いつかあなたたちを八つ裂きにして、一矢報いてやるわ!」
これぞテンプレ。
ザ・悪役令嬢。
衛兵二人は、すぐ彼女の真意──自分たちを庇うための演技──に気づいた。
彼らはギュッと歯を食いしばり、大声で応じる。
「黙れ、女狐ヴィクトリア! 二度と王都の土を踏むことは許さないぞ!」
背中を押され、重厚な木扉の外へと突き出される。
ドサッ!
乾いた地面に転がり、ドレスが土まみれ。
振り返ると、扉の隙間から大公が「よしよし」と満足げに頷くのが見えた。
(……フッ)
バタン、と扉が閉ざされた瞬間、ヴィクトリアは安堵して手を胸に当てた。
肩でティーシャが、
「随分と〝悪役令嬢〟がお得意ですね」
と呆れかえって言った。
「うわぁ……」
ヴィクトリアは起き上がった。
だだっ広い大地。
緑のじゅうたんが、地平線のかなたまで続く。
宝石のように光る世界樹が、その腕を大空に広げている。
彼女はリュックを背負い直し、一歩踏み込む。
虹色の防御結界に、片足がかかる。
彼女は今、
領域を、
──完全に抜けた。
八十五歳、ヴィクトリア。
晩年を迎えた彼女の人生は、
今、
華々しく幕を開けた。




