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第1話 婚約破棄!? 私……85ですけど?

「貴様のような古臭い女との婚約は、今日この場をもって破棄させてもらう!」


 大広間に男の声が響いた。


 きらめくシャンデリア。華やかな貴族たち。


 そんな夜会のど真ん中で、

 重そうな礼服の大公たいこうは、

 婚約者、ヴィクトリア・ルージュを振り捨てた。





 静まり返る会場。


 会場に集まった貴族たちは何が起きているか理解できず、固まったまま。


 当のヴィクトリアも、

 長いドレスの両端を掴み、

 伏し目がちに頭を下げ、

 鮮やかな唇が、小刻みに震えている。


(ちょっ! はあ……? 婚約破棄ぃ……? わたくし、八十五なんですけどっ……?)


 笑顔の奥に、怒りが渦巻く。血管が浮き上がる。


 そう。婚約破棄を言い渡されたヴィクトリアは、

 何を隠そう、

 御年おんとし

 八十五であった。


(……遅い! 遅すぎる!)


 いくらなんでも、婚約破棄のタイミングが半世紀ほどズレている。


「大公さま……、それは余りにも……」

 彼女の声がかすれる。

 すがりつくように、片腕を差し向ける。




 その反応が面白かったのか、

 大公は舌なめずりし、群衆の中から一人の女の腕を引いた。

「ヴィクトリア。貴様がこの国のスパイなのは、この女の情報で明らかになっている!」


 ヴィクトリアは隕石にでも撃たれた気がした。


 大公が腕を回した相手は、

 ヴィクトリアを実の姉のように慕っていた、後輩の、十八歳のリリーであった。


〝ヴィクトリアさま! このお仕事、どうすればいいんですか?〟

〝さすがヴィクトリアさま! お詳しいですのね!〟

〝あたしはヴィクトリア様に一生ついていきます!〟


 ──そんな美辞麗句を掲げていたうら若き乙女は、

 今や大公が目をかける存在にまでに成り上がってしまっていた。


 いや、初めからソレが目的だったのかもしれない。


 リリーは下卑た瞳でヴィクトリアを眺め、

 半笑いの左うちわで言い放った。

「まあ、ヴィクトリアさまがスパイだなんて! 驚きを隠せませんわ! あんなに信頼しておりましたのに!」


 クスクス。

 ゲラゲラ。





(はぁ……)


 ヴィクトリアは諦めたように吐息した。


 この国の大公は『竜の一族』だ。人間だが千年は生きる。

 だから、ヴィクトリアの八十五年は、大公の寿命からすれば、湖に張る薄い氷のような存在にすぎなかった。


〝年齢なんて関係ないさ〟

〝そうだな、お前が六十歳になれば結婚しよう〟

〝七十歳になれば結婚しよう〟

〝八十になれば──〟


 彼女は、

 待ちに待ったのだ。


『竜の一族』は普通の人間と時間感覚が違う。

 彼らの『生き血』を分け与えられれば、

 ヴィクトリアとて、

 永遠の十八歳でいられた。


 だから年齢など関係なかった。


〝すまない、公務が忙しすぎて、結婚の日取りが決められないんだ〟

〝僕たちはすでに結婚したも同然だろう?〟

〝愛しているよ、ヴィクトリア〟


 そう言われ続けて、

 騙され続けて、


 城内の公務を、いや、激務を、

 毎日のように、奴隷のように、

 こなし続けた。


 彼女は唇を噛んだ。

 様々な感情が津波と押し寄せて、薄赤の液体が、ポタリと床に落ちる。


「何を突っ立っているんだ」

 大公の目が大きく見開かれた。


「貴様はもう婚約相手でも、内政に関わる者でもない。さっさと荷物をまとめて出ていけ!」


「唐突で、なんとお返事申し上げればよいか、わかりませんけれども……。大公さまがその気なら、わたくしは身を引かせていただきます。大公さま、リリーさま、どうぞ末永くお幸せに……」


「ざまぁみろ、ヴィクトリア!」

 リリーの声が彼女の背中を狙撃した。


 ヴィクトリアは、貴族の間を、顔を覆って、走り抜けた。


 扉を開け放つ。

 涙がドレスを濡らす。

 金髪縦ロールが風でなびく。


 走って、走って──、

 ハイヒールが痛く感じられるようになって、


 彼女がくるんと後ろを振り向いて、

 そこには、誰もいない。


 ヴィクトリアは、

 蝋燭ろうそくの炎が揺れるほど、空気を目いっぱい吸い込んでから──、





「いよっっしゃぁああぁあ!」

 盛大にガッツポーズを決めた。


「やったぁ! これで自由! あのバカ大公にこき使われることもなくなるぞお!」


 ヴィクトリアは、元気だった。


 婚約破棄にはびっくりしたが、それよりも毎日の公務が忙しすぎて、仕事をしなくていい喜びが勝った。


「らんららぁん! 定年退職うぅ! 何して過ごそう。お庭いじり? 自宅の建造? サバイバルしながら、新しい彼氏を見つけちゃったりしてえ!」


 彼女はバレリーナのように回り、階段を上っていく。

 自室のドアを開け、早速荷物をまとめた。

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