第16話 「おバカさんねぇ。あたなたちの前にいるのは、隠居のおばあちゃんよ」
「単刀直入に申し上げます。ヴィクトリアさまは城に戻られるべきです」「そうです!」
ギルマスに続いて、騎士とヒーラーも彼女に迫る。
その声には真剣さが感じられた。
「ヴィクトリアさまは、こんなところで人生を無駄にしてよいお方ではないと、大公さまは判断されたのです。その判断を光栄に思うべきです」
お願いのようでいて、魚の骨のようなチクチクした感じのしゃべり方だった。
「へー」
ギルマスからもらった猫缶をおいしそうにほおばりながら、黒猫ティーシャが関心なさそうに相槌を打つ。
ヴィクトリアは顎に手を当てて、首をひねり、
もう片方に首をひねって、
やがて言った。
「ああ、わかったわ。大公さまが誰か有能な人を追放して、内政が滞ったのね。ピンチだから助けてください、と」
「大公さまの賢明なご判断なのです!」
彼女は天女のような笑顔で、
「おバカさんねぇ。あたなたちの前にいるのは、隠居のおばあちゃんよ。何の力にもなれないわ」
換言すれば、
〝大公ファッ〇ュー〟
ヴィクトリアの顔から、凄みのあるオーラが出ている。
その表情には、
婚約者に振り捨てられた恨み、
政務から解放された嬉しさ、
大公にこき使われる、半端者への哀れみ、
魔力カンストで何をも恐れない余裕、
それらすべての感情が、等しくマリアージュされている。
「くぅ! ならば手荒な真似をさせてもらう!」
ギルマスが剣を抜いた時、
「——おい、俺のヴィックに何してくれてんだ」
後ろから猛牛の影がヌゥと現れ、あらあらしく髪をつかまれた。
そこにはミノさんがいた。
「僕よりイケメンじゃないか!」
騎士が謎の理由で震えだす。
「あん? 人を外見だけで判断すんじゃねぇ! お前ら人間は、すぐに顔だの身体だの、狂ったように喚く!」
どうやら、八十五歳のおばあちゃまに、若者イケメン作戦は通用しそうになかった。
ヒーラー役の女が口を開いた。
「や、やるわねヴィクトリア。ここは取引といこうじゃないの。火山マップは毒で有名。綺麗な水や野菜も手に入らない。
なら、わたしたちが綺麗な食料を定期的に届けてあげる。城に戻らなくてもいいわ。その代わり、城のために交渉の仕事だけ続けてちょうだい。どう?」
「あらあら。あなたたちの今食べているおせんべいは、何からできているの?」
「あっ……」
「はい論破ぁ」
ヴィクトリアは年甲斐もなく、若者言葉を使った。
「急に悪役令嬢スイッチが入りましたね。全然似合ってませんよ」
ティーシャが小汗をかいてぽつり。
「ど、どうして! 火山マップの毒は分解できないはず……!」
「そこなんですよ」
ティーシャが猫缶をぺろりと平らげて、口回りを撫でながら説明した。
「結局、毒の分解方法は見つかりませんでした。けれど、魔王さまの計らい、領主さんたちとのコネなど、食料には事欠きません。
近隣のマップから土を移動させて野菜や果物も作れています」
「水は?」
「水問題は超高難易度マップから水系モンスターを捕まえて使役しています」
「も、もしかして、淡水を作れるっていう幻のウォータードラゴン?」
「はい」
「ウォータードラゴンは、ダンジョン無限階層に住む、神話上の獣じゃないか! そんなことできるわけ……」
——どっしーん!
温泉の方向から、巨大な衝突音。
「あー、ウォータードラゴンさん、静かに作業してくださいね」
ヴィクトリアが窓を開けると、
とぐろをまき、アクアマリンに光る竜が〝こんにちは〟した。
「すみません、姉さん。ちょっとコケました」
ウォータードラゴンはぺこぺことヴィクトリアに謝る。
「ああ……あ……あああ……ごっ……ひっ」
夢でも見ているのか。
もはや三人は、魂だけ身体から抜けているような感じで、
ブルブルと震えだした。
「いやぁ。しっかし、ウォータードラゴンの討伐は、本当に大変でしたよねぇ」
ティーシャがしみじみと語る。
「そうね。戦闘に五分もかかったわね」
「ごふんっ……? たった?」
「でもおかげで、魔王領の方々がこの温泉に入りに来てくださって、コインも無限に稼げるし。
大きなお屋敷も手に入ったし、好きな時に温かいお湯につかれるなんて、城時代じゃ考えられなかったものね」
「こいんが、……むげん?」
「でも最近、城からの特使とかいう三人組がやってきて、
食料をやるだの、公務に戻れだの、
カラスのようにカーカーうるさいですね」
「ほんとね。そうだわ! これ以上うるさく言うなら、預金の一パーセントくらいを引き出して、川向うの城をまるごと買い叩くのはどう?」
「敵対的買収ってヤツですか。いいと思います」
「ねえ、あなたたちはどう思う?」
そして、
にんまりと笑ったヴィクトリアが、その〝特使とかいう三人組〟を見つめる。
「すす、す、す、すみませんでしたぁああー!」
三人ははじき出されるように飛び出した。
こうして、ヴィクトリアは三人に勝利した。
城への帰り道。
三人が不貞腐れて休息をとっていると、
ギルマスが叫んだ。
「み、見ろ! でかいぞ!」
「あ、あれは古代兵器……?」
ピューン!
鋭いレーザービームは地平線を真っ赤に焼いた。
「大公さま! 大変です! 古代兵器が動いています!」
「古代兵器だと? どういうことだ?」
「魔王様、古代兵器はウォータードラゴンの封印として使われてた、古代のロボット兵士です」
「ドラゴンが討伐されて、任務を離れたオートマタが大地を焼き払っているわけか!」
「なんですって!」
ヴィクトリアがミノさんに叫んだ。
「それじゃ、わたくしが古代兵器を蘇らせちゃったわけ……?」
「ヴィックのせいじゃない。古代人の頭の弱い役人たちが、後先考えず封印しちまったのが問題だ」
「でもそれじゃ……。わたくしの行動で、人々が……」
悪役令嬢ヴィクトリア。
だけど、こんな結末は望んでいない。
「行くわよ、ティーシャ!」
「はい!」




