第15話 「久しぶりね、おせんべい食べる?」
「へぇ、やるじゃないの」
八十五歳、ご傘寿、おばあちゃま。
「——でも、スポーツ観戦している罪のない人たちを巻き添えにしたのが、運の尽きだったわね。空気の読めないおバカな一面が、まるで、どこかの大公みたいだわ」
彼女はゲートボールのスティックを握りしめ、
迫りくる隕石めがけて、
「大公にこき使われた何十年を思えば、隕石ごときでこのわたくしが怯むわけないでしょうがぁぁああ!」
——グワァキィィイイン!
ピカーン☆
隕石は大ホームランとなり、空に消えていった。
「危ないっ!」
隕石の破片がヴィクトリアに迫り、ミノさんがダッシュで彼女を守った。
「なるほど。うっぷん晴らしがしたかっただけですね」
ベンチでティーシャがヒゲを撫でた。
こうしてヴィクトリアは、小麦をどっさりと貰い、家畜たちを飼えるようになった。
♢ ♢ ♢
「へーっくし!」
川向うの城。
大公はくしゃみをして、鼻水をかんだ。
どうやら誰かが自分を噂をしているらしい。
「大丈夫? 風邪でもひいたんじゃない?」
隣でリリーがティッシュを渡す。
彼女のドレスは先月より質素だ。
「大変でございます!」
「またか! 今度はなんだ!」
リリーに鼻をかんでもらっていると、
大臣が廊下をドタバタと走ってきた。
「市民が城を取り囲み、デモをしています!」
「なんだとお!」
大公はこぶしをワナワナと震わせた。
心当たりはいくつかあった。
先日、魔王軍が攻めてきたとき戦費がかさんだ。
出費が多くなって、毎年開催しているクリケット大会も開催できていない。
そんでもって、先週税金を上げた。
だからだろう。
市民の怒りは限界突破だった。
「デモを鎮圧せよ! 兵士を送るのだ!」
「兵士でございますか」
「そうだ! 反抗する市民は捕らえて構わん!」
「大公さま……。ヴィクトリアさまを呼び戻しては?」
別の側近が耳打ち。
ヴィクトリアがいなくなって、坂道を転がるように王国が荒れている。
このままでは崩壊してしまうかもしれない。
「くそう!」
大公は自分の膝を殴った。
「仕方ない。魔王領に特使を向かわせろ! あの女狐を呼び戻すのだ!」
「はっ!」
♢ ♢ ♢
魔王軍の一人から聞き出した情報によれば、
ヴィクトリアは火山マップに雲隠れしたらしい。
地図も描かせたので、場所を間違うことはない。
「ここよね?」
「そう……みたいだな」
「でっけぇ……」
特使——
・ギルドマスターである無骨屈強な男一人
・王国一のモテ男、塩顔イケメンの騎士一人
・どんな悪役令嬢でも、泣いて謝るほどの弁舌家、ヒーラー役の女一人。
計三人の特使は、
ヴィクトリアの自宅にやってきていた。
——のだが、
そのあまりのデカさに、三人は思わず尻込みしてしまった。
川べりに建つ豪華な建物。
水車が三基。畑が五つ。人語をしゃべる家畜が無数にいて、種をまいたり水をやったりしている。周囲には温泉。薄く長く湯気が立ち上っている。
追放からわずか数か月。
にも拘わらず、
ヴィクトリアは〝理想のご隠居生活〟を送っていた。
「ババァめ!」
女が思わず悪態をついた。
「作戦を忘れるなよ」
ギルドマスターの男が気持ちを引き締める。
「俺たちの任務は、ヴィクトリアを引き戻すことだ!」
「わかっているさ」
イケメン騎士が爽やかに言った。
「王国から追放された彼女は、友達もおらず、独りぼっちで、みじめな生活をしている。
そこへやってきた特使たち。
王国へ戻ってくれば、おいしい食べ物が沢山あって、毒を恐れず毎日ハッピー。
だから一緒に戻ろう」
「そして、相手が拒んでくれば、王国最強のわたしたちが彼女を抹殺する」
「そういうことだ」
——がちゃ。
家の戸が開いた。
「あらあら、誰かと思ったら、トンちゃんじゃないの。元気?」
野菜をかごいっぱいに持った女が、ギルドマスターの名前を呼んだ。
そこには、農作業のエプロンをしたヴィクトリアがいた。
「がっ、ごっ……?」
どうして自分の名前を知っている?
ギルドマスターは後ずさる。
「どうして名前を知っているの、みたいな顔になってるわよ。
あなたのお母さんとわたくしは同級なの。あなたのおむつを替えたのもわたくし。覚えてない? まあまあ、大きくなって。立派になったわねえ!」
ギルドマスターは赤面しだした。
「おせんべい食べる? 三人とも中にいらっしゃい」
特使たちの作戦は、さっそく出鼻をくじかれた。




