第12話 大公さまは後悔しだす
「大公さま、大公さま! 大変でございます!」
城の廊下をバタバタと走る、大臣。
君はなんて可愛いんだ、と、
十八歳の愛人と、ベッドでイチャラブしていた大公は、
カラスの喚くようなその声にムッとして、
「誰だ! やかましいぞ!」
「申し訳ございません。魔王軍がやってまいりました!」
敵が攻めてきたらしい。
彼はリリーにキスをしてからローブに身を包み、
そっと窓から覗いてみた。
敵の部隊は三つ。
オークの小隊二つに、大砲を抱えた大隊が一つ。
「交渉役を向かわせろ!」
大公は叫んだ。
「あのう、交渉役さまはいらっしゃいません」
「逃げたのか?」
「追放されました」
「なんだと? 追放したヤツを処刑してやる!」
「大公さまが追放されたのです」
そこまで聞いて、
大公は顔面蒼白になった。
(そうだった! ヴィクトリアは交渉役だった!)
——ドーン!
城の城壁が打ち付けられる音。
弱みを握る交渉役がいないと悟ってか、敵は武力に訴え始めたらしい。
(やばい、やばい!)
「どうしたらいいと思う?」
大公はたまらなくなって、大臣に逆質問していた。
「兵を向かわせましょう!」
「戦争か。面倒だ」
武力には武力。
交渉役がいないなら、それもやむなし。
大臣の提案に、大公は頷いた。
「兵士をかき集めろ! 魔王軍と戦うのだ!」
「はっ」
大公は頭をかきむしり、
(戦費がかさむな。税金を上げねばなるまい)
♢ ♢ ♢
「——ふむ、火山マップに食料を供給してほしい、と」
魔王が言った。
「そういうことですわ」「ミャーオ」
ヴィクトリアとペットの黒猫は、
魔王城のテーブルで、優雅に紅茶を飲んでいた。
ティーシャに至っては、
広口の器をペロリとなめて、
〝甘くないから砂糖をもっとくれ〟と図々しく要求し、
魔王はムッとして猫を睨むのだが、
ティーシャは鼻頭を魔王へ突き返し、
結局、魔王が折れて、
棚から角砂糖のたっぷり入ったガラス瓶を持ってきた。
隣でゼミロアが、
「魔王様、どーしてこんなヤツに!」
みたいな渋い顔をしている。
魔王はゼミロアを完全に無視する形で、
「食料の件は、早急に解決させよう。うちの領主が迷惑をかけたな。すまなかった」
「こちらこそ、早急に対応いただいて感謝いたしますわ。これからもウィンウィンの関係でいたいですものね」
などと、
ヴィクトリアは、まったく対等に交渉を進めるのであった。
その日から、
ミノさんのいる火山マップには、肉・魚・野菜たちが、
どっさりと運ばれてきた。
一番驚いていたのはミノさんだった。
そもそも彼は、ヴィクトリアを城の元交渉役とは知らない。
(お嬢様系NPCがここまでやるのか!)
彼もまた、
ゼミロアと同じように驚きすぎて、しばらく目が飛び出ていた。
♢ ♢ ♢
一方、〝お嬢様系NPC〟である彼女は、
自宅で目を吊り上げていた。
「——ないわね」
背筋が伸びきるような冷たい声に、ティーシャが震える。
「どうしたんですか? 食料、たっぷり貰ったじゃないですか」
「はぁ? 約束と違うわよ。穀物が入ってないわ。
肉・魚・野菜・穀物の四つを貰う約束よ。三つはあるけど、一つがない!」
「小麦とか、ですか?」
「小麦・大麦・豆!」
「まあ、それは誤差みたいなものですし」
「誤差ぁ?」
ひっ、とティーシャの肩が跳ねた。
ヴィクトリアは交渉となると態度が変わる。
約束は約束。
違えるなんて許さない。
政務にあずかった者ならではの、厳しい視線だ。
「木の実だけじゃ、羊やヤギを飼えないでしょう。大量の飼料が必要なのよ!」
彼女は戸を開けた。
魔王との交渉を終えて一週間。
彼女は今、
家畜を飼っている。
飼い葉おけに、赤い木の実をたっぷりと入れているが、
実は家畜にとっておやつみたいなもので、
満腹にはならない。
しかもマップの赤土から成長したものだ。
毒入りの餌は勘弁してほしい。
「交渉は失敗だったんですかね」
ティーシャがぽつりと言って、ヴィクトリアが首を振る。
「違うわ。飼料の利権を、別の領主が握ってるのよ」
交渉役の勘は鋭い。
魔王をあれだけ揺すったのだ。
契約が反故されるとは思えない。
だから、
別の領主の、
——おそらく、魔王の寵愛を最も受けている、氷マップの領主の——〝中抜き〟だ。
彼女が推理していると、
「おーい、氷マップで野球大会があるらしいぞ」
チラシをもってミノさんがやってきた。
「景品は〝小麦一年分〟なんだそうだ」
「ナイス、ミノさん!」
ヴィクトリアは悪魔のようにニヤついた。




