雲霞温泉
数時間後、一行は「雲霞温泉」のバス停に立っていた。新緑の木々の色がまぶしい。都会では決して見ることのできない自然の力強さがすぐそばにあった。
3人は、辺りを見回した。
妻の恵子は、浦河の説明を思い出していた。
「雲霞温泉は、雲霞村という村にあります。雲霞村は霊峰「飛峰岳」のふもとに広がる樹海の中に位置していて、他の町や村からかなり距離があるため、陸の孤島のような村です。なんでも平家の落人が隠れ住んだのが始まりとのことで、外界との接触が難しい場所だからこそ今まで続いてきたということらしいです。
もっとも、逆に他の自治体を頼りにできないので、店や病院など小さいながらひと通り揃っていまして、暮らすには不自由はありません。温泉と林業が主な産業で、こじんまりと暮らしているといった感じの村です」
確かに、深々とした森が間近に迫りその隙間にいくらかの建物が建っているといった感じの集落であった。
娘の理穂は物珍しそうにバス停を観察している。
木造の昭和レトロな感じのする屋根のついたバス停だ。バス停の壁には、ところどころさび付いた殺虫剤の宣伝用金属板が貼ってある。印刷してあるのは年を取らない女優として有名な由紀かおりが足を出して座っている絵だった。
その横には、A4判くらいの手書きの文字が書いてある板が数枚張ってある。
「人生はこれからだ。死んでも何も変わらない」
「お母さんが悲しむぞ」
などと書かれている。自殺防止用の看板らしい。
理穂は浦河の言葉を思い出していた。
「樹海の中にある雲霞村は、自殺の名所でもあるんです。村にとっては迷惑な話ですが、霊峰『飛峰岳』の霊力なのか心霊スポットとしても有名でして、年間数十人の方が亡くなっています。特に最近は、インターネット等で口コミで広がっていまして増える一方のようです」
浦河の言っていたことが、その看板を見たとたんに現実味を帯びて体の周りにまとわりついてくる感覚に襲われ、理穂はブルッと小さく身震いした。
一行は、温泉街に向かって歩き出した。バスから降りたのは山田社長ら3人だけだったが、温泉街はバス停の目の前だったので迷うことはなかった。




