胡散臭い話
「社長さん、ここんところの不況は厳しいですね。特に社長さんのところのような業種はかつて無いほど苦しいですよね。もしかして、今日あたり不渡りを出してしまっているのではないですか。胸中お察しいたしますよ。弊社ではそういうお客様に対し特別なサービスを実施いたしております。うまくいけば1億5千万円が手に入りますよ。」
「1億5千万円??」
「はい、確か、社長は1億5千万円の生命保険に入っていますよね。自分になにかあった時会社や家族が困らないようにと。とても良い心がけですね。ですが現状では保険金が高いだけで何の足しにもならない。それどころかその掛け金さえ惜しいところまできていますよねぇ。それくらいあれば社員の皆さんへの給料支払いはもとより、事業の再生も可能になってくるのではないでしょうか。」
山田社長は、突然の話にあっけにとられ、口をあけたまま、浦河の顔を食い入るように見つめ返した。
勿論、胡散臭い話である。
まともなことをやって1億5千万円もの大金が手に入るはずは無い。
そうはわかっていても、社長としては絶対やってはいけないようなことまで、考え付くあらゆる手段をすでに実行していた山田社長は、その営業マンをその場で追い返すことができなかった。
「た・・立ち話もなんですから、おかけください」
山田社長は、浦河を応接用の古ぼけたソファーに促し、社長室の外に誰もいないことを確認してからドアを閉めて浦河の対面に座った。
浦河の話は、端的に言うと保険金詐欺をしませんかという提案だった。
どこでどう調べたのか、浦河は、山田社長の会社の経営状況をほぼ的確に押さえていた。
「このままいったら、会社は倒産、一家離散、夜逃げで一生逃げ隠れしながら生きていかなければなりませんよ。一人娘のお嬢さんの未来も真っ暗です」
本当に良く調べてあった。会社の経営内容、取引先、銀行、さらに社長の家族状況から社員の家族状況まで、いったいどこで情報を仕入れたのか不思議でもあり不気味でもある。
しかし、浦河の言っていることに間違いはない。このまま行けば、下手をすると一家心中になりかねない状況にある。
「こういう薬があります」
浦河はそう言って、テーブルの上に透明なガラスの小ビンを置いた。中には無色透明の液体が入っていて、きつく蓋がしてある。
「これを飲むと、数十分後に仮死状態になります。まるで突然心臓発作を起こしたように倒れこみます。が、死んでしまうわけではありません。極端に全身の代謝が低下し心臓の鼓動も数分間に一回、呼吸もほとんどしなくなり一見死んだようになります、が・・」
そう言いながら浦河は先程のビンと同じようなサイズの茶色い小ビンをテーブルの上に置いた。
「この茶色いビンの薬を注射すると、こちらの薬の効果を中和し代謝が復活して元通り元気な体に戻ります。副作用もありません」
山田社長は、一言も発せず2本の薬ビンを見つめている。
「ただし、人間の体には限界がありまして、若干の個人差もありますが、だいたい三時間を越えてもこの中和剤を打てないと、そのまま本当にあの世行きとなってしまいます。つまり仮死からいわば本死になってしまう訳ですので、そこのところを十分ご注意願います。」
「で、この薬を使ってどういうふうに保険金をせしめるんだい?」
「はい、そこはお任せください。まあ、企業秘密と申しましょうか、いずれ私の指示通りに行動していただければ1億5千万円を手に入れることができます。あ、正確には1億4千万円となります。かなり危ない橋を渡りますので、私どもの手数料といたしまして1千万円いただくこととなりますが、よろしいでしょうか。」
山田社長にしてみれば、今さら良いも悪いも無い。1億4千万円手に入るのであれば何も文句は無い。




