うろ覚えの紙作り
どうにか投稿できそうです。GW中はいろいろあるのでまとまった時間を取るのが難しいですね
【授命暦843年 10/5 朝】
酒蔵に顔を出したら、先日頼んだ、二段搾り桶が到着していた。もっと気の利いた名前にしておけば良かったな。
冬になったら使うことになる。詳細は婆さんに任せる。
「新しい道具、来てたんだね」
戸のところでローザが言った。
「うん。冬の仕込みは、これで楽になりそうだ」
「そうなるといいね」
返事が短い。微妙に気まずい。
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イェニーが洗って干した布を持って小屋に来た。さりげなく手伝ってくれるのは助かる。
さて、気まずさに耐えられないが、すべきことはあるので、ローザに声をかける。
「ローザ、この前はごめん。ちょっと試したいことがあるから手伝ってくれないか」
「……あんた。何もわかってないのに謝ってるでしょ」
「正直よく分かってない。でも、僕が何かしたのは分かってるから謝罪はしたかった」
「……まぁ、いいよ。で何?」
イェニーが微笑みながらこちらを見ているのが気になる。何か引っかかるが気にしないことにする。
「もう石版や板で記録するのは限界だと思うんだ」
「そうね。持ち運べないし、どこに何があるかも分からなくなってきた」
ローザがちらりと工房の中を見る。何かが書かれた板や石版が転がっている。
「紙を作ろうと思う」
「紙?そんなもん作れるの?」
「うん、作れると思う。教会の人が言ってた」
「……教会がそんなことを言うなんて到底信じられないけど、一旦聞く」
「まぁとにかく作れるんだよ!」
僕は小屋の中ほどに藁を敷いて、麻ぼろを広げた。
古い肌着、擦り切れた前掛け、端切れの束。婆さんが家ごとに声をかけて集めてくれたものだ。
「これを、紙にする」
「これ、ただの布だけど、そんなのできるの?」
「うん、できる……はず」
「見切り発車しようとしているって顔に書いてあるよ」
完全にバレているが無視して進める。
「母さんと婆さんも手伝って欲しい」
婆さんはゆっくりと歩くと薪を軒先に下ろした。
軒先は水場のすぐ脇で、板を立てかけられる空きがある。小屋の戸口から井戸までは数歩。乾燥場はその軒先で間に合いそうだった。
「いいわよ。なんだか面白そうね」
イェニーは笑顔で承諾してくれた。
婆さん、ローザ、イェニー、それと僕。四人で紙を作ろう。
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「工程は五つ」
僕は地面を木の枝でなぞった。
「叩きほぐす。水で繊維を散らす。簀で漉く。剥がす。板に貼って乾かす。これだけ」
「これだけ、ね」
「うん」
「やり方は、これくらい、たぶん」
「たぶん、なのかい」
「正直、自信ないんですよね」
婆さんは小さく息を吐いた。怒っているわけではなさそうだった。
「何が正解か、僕も分からないんです。だから、一人ずつ別々に全部やってみたいなと」
正解は分からないので、手分けして見てみよう。
桶を四つ並べた。
簀は、細い枝を編んだ粗い板で代用する。
「まず、麻ぼろを叩く」
「水につけてふやかしてから、木の槌で叩く。布の目が崩れて、ぐしゃぐしゃになるまで」
繊維が均一にバラバラになれば良いが、どれくらいなのかは分からない。僕だって牛乳パックでハガキを作ったことくらいしかないのだ。
「どのくらい叩けば良いの?」
「繊維がバラバラになるくらいなんだけど、詳しくは分からない」
「聞いた私がバカだった」
ローザは乱雑に見える勢いで、イェニーは丁寧に、婆さんは目が粗いところから順番に叩いている。性格が出ているな。
「ムーアなんか言った?」
怒気を含んだ顔でローザがこちらを見た。心が読まれている。
僕は僕で、若干強めに叩いてみた。
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「次に、叩きほぐした布を、桶の水に入れて散らす。ゆっくり。塊が残らないように」
婆さんは慣れた手つきで指を回していた。布を洗う動きと変わらない。
イェニーは静かに混ぜていた。ローザも同じようにしていた。
「ゴミみたいなものが浮いてるのは取った方が良いの?」
「最終的に字を書くものになるから、できるだけきれいにして欲しいかな」
「分かったわ」
イェニーは丁寧に色が違うものを取り除いている。
実際のところ、これが正しいのかはよく知らない。
「次は、簀で漉く」
粗い簀を桶の中に沈めて、繊維がまんべんなく乗るように、ゆっくり持ち上げる。
「このように、厚みを揃えて、偏りがないように」
全員が無言になった。
「あんたのヤツ、穴空いてる上にボコボコなんだけど」
「難しいね……」
案外難しいことが分かった。
「多くすくいすぎると、偏る」
「できるだけ薄くして、ゴミは取った方が」
「揺らすと、均等になる気がする」
三人が建設的な議論をしている。僕の目の前には無様な紙らしき何かがある。
うん、僕は口を出すのをやめよう。言った本人が、一番できていない。
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三人の手元には、概ね問題無いように見えるものができた。
「次、剥がす。ゆっくり剥がす。無理に引っ張らない」
自分の簀を裏返した。繊維がくっついて取れなかった。
爪で端をつまんでみた。破れた。
それをちらりと見て、イェニーまでが僕を無視して作業について話している。
「少し揺らすといいのかしら?」
「ゆっくり板に押しつけるようにするといけるかも」
「てのひらでやる方が簡単じゃな」
婆さんは自分の繊維を、手のひらで簀から剥がしていた。布を畳むみたいな動きで、するっと外れた。
イェニーも同じ動きで剥がした。
ローザも、するっと外していた。
僕の簀には、繊維がへばりついたままだった。
今度は半分だけ取れた。残り半分は簀の上に残っていた。
「材料を無駄にするなら座っててくんない?」
「はい」
なんと無力なことだろうか。
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剥がした繊維を、それぞれ乾燥板に貼った。
板を四枚、軒先の柱に立てかけた。
僕のものは、ローザに何度も直されながら、どうにか板に貼りつけられた。
紙というより、湿った繊維の島だった。凄く悲しい。
「あとは乾くまで、触らなければいけるはず」
一旦明日確認することとして解散した。
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【授命暦843年 10/6 夕方】
日が傾く頃、四枚の乾燥板を軒先から順に外した。
まず、僕の板を見た。
紙らしきものは貼りついていた。
ただ、端は欠けているし、真ん中には穴が空いている。紙と呼ぶには、だいぶ勇気がいる。
「これは」
「材料だね」
ローザが即答した。
「紙ではなく?」
「材料」
僕は自分の板を、そっと横に置いた。
異論はなかった。
次に、婆さんの板を見た。
紙にはなっていた。
指で押さえても崩れない。乾いた繊維が一枚にまとまっている。
ただ、表面の凹凸が強い。山と谷が細かく走っていて、平らな場所を探す方が難しかった。
「これは、紙ですね」
「紙ではあるね」
婆さんは自分の紙を指でなぞった。
「字は書けるかい」
「たぶん、ギリギリです。細かい字は無理だと思います。大きく書くなら、なんとか」
「なるほどね」
婆さんは満足したように頷いた。
書きやすい紙ではない。けれど、もう布でも板でもない。
少なくとも、何かを記すための薄いものにはなっている。
次に、イェニーの板を見た。
こちらも、婆さんのものと似ていた。
凹凸は強い。端も少し波打っている。
でも、触った感じは婆さんのものより少しだけ薄く、軽い。
「私のも、使えそう?」
「使える。かなり慎重に書けば、たぶん」
「たぶん、なのね」
「まだ僕の知っている紙とは違う。でも、紙です」
そう言うと、イェニーは嬉しそうに笑った。
「紙が、家で作れるのね」
「うん。作れました」
口にしてから、ようやく実感が追いついた。
紙ができた。
完璧ではない。
売り物にもならない。
たぶん、少し強くこすれば破れる。
それでも、紙だった。
最後に、ローザの板を見た。
一枚だけ、貼ってあった。
大きさは手のひら二つ分くらい。
端は少し歪んでいる。けれど、表面の凹凸が明らかに少なかった。
婆さんの紙とも、イェニーの紙とも違う。
指でなぞる。
山も谷も、ほとんど立っていない。
厚みも大きく偏っていない。
「……これ」
僕は息を止めた。
「これ、かなり書ける」
「ほんと?」
ローザが顔を近づけた。
「うん。細かい字もいけるかもしれない」
「そんなに違う?」
「違う」
婆さんも覗き込んだ。
イェニーも籠を抱えたまま、ローザの板に寄った。
「たしかに、ローザのだけ滑らかね」
「不思議なもんだね。同じようにやったはずだけど」
婆さんが首を傾げる。
僕は、三枚の紙を順に見比べた。
婆さんの手は丁寧だった。イェニーも、かなり丁寧だった。
ローザが特別に慎重だったわけではない。
むしろ、作業中は一番乱暴に見えたくらいだ。
「ローザ」
「何」
「何か、特別なことをした?」
「してない」
「叩くときに、長く叩いたとか」
「覚えてないけど、同じくらい」
「水の中で、変な混ぜ方をしたとか」
「してない」
「漉くときに、何か意識した?」
「してない」
即答だった。
隠している感じもない。
ローザは自分の手を見た。
手のひらを開いて、閉じる。
「分からない」
「僕も分からない」
工程は同じだった。
材料も同じ。
桶も水も、ほとんど同じ。
それなのに、ローザの紙だけが明らかに精度が高い。
理由は分からない。
でも、今はそれでよかった。
「とにかく」
僕はローザの紙から顔を上げた。
「紙ができた」
少しの間、誰も何も言わなかった。
最初に笑ったのはイェニーだった。
「できたわね」
「できたねえ」
婆さんも笑った。
「できた」
「うん。できた」
僕も笑った。
ローザは少しだけ口を曲げた。
「まだ、そんな大げさに言うほどじゃないでしょ」
「大げさじゃない。紙だよ」
「穴空いてるのもあるけど」
「僕のは材料だから数えない」
「都合がいいね」
四人で、軒先に並んだ乾燥板を見た。
凹凸だらけの紙。
波打った紙。
滑らかな紙。
紙になれなかった材料。
全部まとめて、今日の成果だった。
婆さんは満足したように腰を伸ばした。
「じゃあ、あたしは戻るよ。夕飯の支度がある」
「私も行くわ。籠、持っていくわね」
イェニーが籠を抱え直す。
「二人とも、ありがとうございました」
「次はもっと平らにできるといいね」
「ええ。次はもう少し丁寧にやってみるわ」
婆さんとイェニーは、紙の話をしながら家の方へ歩いていった。
軒先には、僕とローザだけが残った。
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「ローザ」
僕はもう一度、ローザの紙を見た。
「やっぱり、すごい」
「何が」
「これを作ったこと」
「みんなで作ったでしょ」
「そうだけど、一番いい紙はローザのだ」
ローザは横を向いた。
「たまたま」
「たまたまでも、すごい」
「だから、言わなくていいって」
「言う。これはすごい」
ローザは黙った。
怒ってはいなかった。
顔は横を向いたままだったが、耳が少し赤い。
口元も、ほんの少し緩んでいる。
「……そんなに褒めても、何も出ないよ」
まんざらでもなさそうだった。
僕はローザの紙を板ごと持ち上げた。
夕方の光に透かすと、繊維が薄く重なっているのが見えた。
まだ粗い。まだ弱い。
でも、確かに一枚の紙だった。
「これは、大事に取っておこう」
「なんで」
「最初にちゃんとできた紙だから」
「取っておいてどうするの」
「記念にする」
「嫌」
ローザは即答した。
「嫌なの?」
「紙でしょ」
「うん」
「なら、書くためのものでしょ」
そう言って、ローザは板を僕の手から取った。
「飾っておくために作ったわけじゃない」
ローザは工房の中に入った。
僕も後を追う。
工房の隅に、火鉢で使った炭の欠片が置いてあった。
ローザはその中から細いものを選び、先を指で少しこすった。
「破れるかもしれない」
「じゃあ、そっと書く」
ローザは板に貼ったままの紙を作業台に置いた。
炭の先を、紙に触れさせる。
僕は思わず息を止めた。
炭の線が、紙の上に残った。
少しかすれている。
でも、書けている。
ローザはゆっくりと文字を書いた。
最後の線を書き終えて、ローザは炭を置いた。
「僕の名前も入れるの?」
「作ろうって言ったのは、あんたでしょ」
「言っただけで、ただの材料に戻ったけど」
「うん。そだね」
ローザが笑った。
僕も笑った。
作業台の上には、まだ歪な一枚の紙がある。
そこに、炭の文字が残っている。
『紙を作り上げた日 ムーア、ローザ』
ブックマーク増えてました。ありがてぇ




