第135話 「普通はこんなもん」
野々香の8度目の登板は、関西のトライアルズ戦。
ここまでの野々香の勝敗は、7戦で3勝0敗。
無敗は立派なのだが、勝ち星は伸び悩んでいる。
ウサピョンズ戦で二度続けて原出に煮え湯を飲まされたのが響いた。
また、前週の登板では、6回3失点、4-3でバトンを繋ぐも、9回間宮がいつも通り四球で歩かせた後、うっかりド失投をかまして逆転本塁打を浴び、野々香の勝ちは消えた。
ベンチで間宮が苦笑い……のつもりが、満面の笑みのように見えた瞬間をピンポイントにカメラに抜かれ、字幕付きで「打たれた間宮です」と紹介された。
そのシーンのインパクトが強かったせいか、間宮は貴重な野々香の勝ち星を消した上に笑っている畜生クローザーとしてしばらくイジられている。
……先発投手としては、1度勝ち星が継投で消えたくらいでは何とも思わないし、抑え投手もいちいち気にしたらメンタルが持たない。
「まぁ、普通はこんなもんだよ。負けていないだけ上等、上等」
「あはは、そうですよね。普通、そう何でも上手くばっかりいきませんよね」
増村もそう言って野々香と間宮を共にフォローしている。
優しく笑う増村は、今のところそういう、先発の勝ちを消す投球はしていない。優秀なセットアッパーだ。確かここ数年でも、2敗ほどしかしていない。
努力でその普通を乗り越え、無敗を誇る増村の存在は頼もしかった。
とはいえ、登板の半分も勝ち負けつかずというのは寂しい。
先発である以上、勝ちでも負けでも自身の責任として回数が重なるのが勲章だ。
なので今日は、何としても自身に、できれば勝ちをつけたい。
そう思っていたところに、意外な援軍が現れた。
「今日のオーダーは打順を繰り上げて、9番にこいつを入れる。よろしくな」
「新人の、布施です。よろしくお願いします!」
「おー、サルくん!」
監督から見覚えのある顔が紹介される。
今日は、樹を5番、野々香を6番、トムを7番と繰り上げ、新たな戦力候補の登場となった。
9番、ショート、布施猿彦。
二遊間にやや難があるせいで打撃偏重となっているこのチーム。
6月になれば、セパ交流戦が始まる。その際には、パのホームでは指名打者ルールで試合をする。
つまり、野手を一人余分に出すことになるのだ。
野々香は二刀流なので、投手をしつつ打撃でも貢献できるが、それ以外の投手の時にもう一枚、頼れる野手が必要だ。監督も期待の眼差しを向けている。
「と、いうわけで、二軍で一番イキがいいと推薦のこいつを使うことにした。布施、夢がかなったな、オイ」
「はい!野々香さんの後ろを守るのが、最初の夢だったんよ」
「うちのショートは攻守にパッとしないんでな、聞いたらとにかく姫宮と一緒に試合に出たくてすげぇ元気なのがいるってんで。よっ、魔性の女」
「またあたしのキャラが変な方に一人歩きしてる!」
ただ、あくまでしばし一軍体験コースとのこと。
試合に出る経験を積んで、交流戦でも使えるチャンスがあれば使うが、短期間でまた二軍で鍛え直す方針だそうだ。
「頑張ってもすぐレギュラーってわけじゃないから、大変だよね」
「普通はこんなもん。高卒はまず体作りからしないと。25歳とはいえ、いきなり一軍勝ち取るお前さんたちが凄いんだよ。高卒なんて一度、一軍来ただけで大したもんよ?」
野々香の呟きに新見監督が返す。それはその通り。まして内野手となればなおさらだ。
よほど頑張ってきたのだろう。自分の後ろで守備につくためにそれだけ頑張ったと言われると、野々香は誇らしかった。
今日は、なおさら勝たねば。
「って、なんか向こうにも知った顔あるぅ!」
その顔は、トライアルズの7番で登場した。
ニャンキース同期の頼れるリードオフマン、日暮有人。
しかも、何故か7番・ショートというポジションである。
「一軍上がってこれたんだね、有人くん。嬉しい!」
「姉さんお久しぶりっす。時間かかっちまったけど、俺も一軍だァ」
「しかしまたなんでショートで」
「長打のねェ足と守備のやつがサードじゃ、打撃力が足りないってんで、ポジション勝ち取るためっすよ。守備はショートのが難しいんすけど、下で鍛えて、まァなんとか」
元々器用な猿彦はショートで目に留まり、一軍に上がれたが、有人を見るトライアルズの目は厳しかった。
25歳でやっとプロ入り、それで飛び抜けた長打力はない。となればやむを得ないが、慣れないポジションを練習して、2ヶ月かけてやっと、下位打線でのお試し起用。
そんな苦しい状況でも、有人は這い上がってきたのだ。
「大変だったんだねぇ。涙NAMIDAナミダだねぇ、オヨヨ……」
「いや、普通はこんなもんっすよ! 姉さんたちが凄ェだけだって」
「そ、そうか。そうだよね。あたしたちは凄い! 賢い! 超絶カワイイヤッター!」
「……凄ェけど、そのノリは相変わらずで何つったらいいか難じぃなぁ」
しかし、これはテンションが上がる。
敵にも味方にもかつての仲間がショートを守っている展開。
同窓会のようでワクワクするではないか。
野々香は気を良くしてスイスイ直球を投げ込む。
初回・二回ともにショートゴロが転がり、猿彦はこれを無難に捌いた。
一方、有人も軽快な動きで周囲を沸かせる。
「おっ、らァ!」
二回裏、6番に繰り上がった野々香の打順で、振り抜いた当たりは三遊間を抜けようかという強いゴロ。
これをショートの有人が横っ飛びでキャッチ。かなり深い所まで滑り込んでしまったが、立ち上がり体制を直すと、一塁へ遠投。
「アウトー!」
サードをやっていただけあり、ほぼ三塁手前の位置からでも送球は完璧。
足の遅い野々香は内野安打にも出来ず、凡退してしまった。
「へへっ、足遅いのは姉さんの唯一の弱点だからなァ」
有人のファインプレーで、野々香はヒット一本損をした。
三回表、トライアルズの攻撃は7番、有人から。
「かつての仲間と戦う場面……いいね、燃えるね」
ニャンキースでは1番打者だったわけで、現状はかなり格落ちしているが、この回においては先頭打者だ。
本塁打の少ない有人にとっては、出塁率を上げることが目標となるだろう。
「ストラーイク!」
「うへー、姉さん、相変わらずとんでもねェ球だな」
と、なれば、逆に粘られて歩かせたりはしたくない。ストライク真っ向勝負だ。
変にボール球を使わず直球でガンガン攻めていく。
1-2から2球ファールされたが、6球目を打たせて、ショートゴロ。
バットにかろうじて当てたものの、高いバウンドのゴロだ。
「あっ」
しかし、これを猿彦がエラー。
前に出てショートバウンドに合わせる動きになったのが痛かった。有人は足が速いので、捕球を焦ってしまったのだ。
無死一塁。
「野々香さん、ごめんなんよ」
「ドンマイサルくんー、ドンマイ涙ー!」
新人のプレーであれば、野手のエラーも想定せねばなるまい。まして今のは難しいプレーだ。
そこは野々香も気にしなかったが……
「打者としちゃ負けちまったが、姉さんにいいとこ見せとかねェとな」
次の打者の初球、有人がいきなりスタート。
盗塁を視野には入れていたので直球だ、トムもすぐ送球したが、セーフ。
無死二塁となった。
トライアルズは現在「積極走塁」を方針に掲げ、明らかな判断ミスを除く積極的な失敗を容認している。
その分、新人が気持ちよくプレー出来て伸びており、選手の成長度がかなり高いチームだ。
この場合、8・9番は打力が低く、7番が盗塁死したところで89アウトなら次は1番から。この回の間に1番に回るなら、走者は二塁より先に置かねばならない。
暴走のようでもあるが、理には適っているのだ。
そうして狙い通り、走者有人は三塁に進み投手のゴロで生還、野々香は自責0で1点を失った。
驚いたことに、投手でも必要とあれば三塁走者を帰すゴロを転がせる。
そもそもちゃんと打者が出来る野々香がそう思うこと自体が失礼ではあるが、それでも160kmの速球を転がされたのは悔しさがあった。
「へへっ、やることやって無駄なく点取る。こういうチームだからよ、俺とは相性いいんだよなァ」
久しぶりの再会となった日暮有人との対戦は、少し悔しさの残る形で有人の得点となった。




