第132話 「椎菜さんサイドにも問題がある②」
イラブションズの練習中。
涼城椎菜は、悩んでいた。
「うーん……ちょっと、物足りないというか」
「そりゃーしょうがないっしょー。椎菜、女の子なんだし。監督もいきなりばんばん使えないって」
南がそっとフォローする。
椎菜が浮かない顔をしているのは、南が指摘する通り、まさしく「女の子扱い」なことだ。
初登板で華麗に勝利をおさめた翌日、椎菜は実は二軍に一度落とされた。
7回2失点、成績は十分であったが……
要するに、ゆっくり休んで来いという二軍落ちだ。
一軍の再登録は、10日間のブランクを開けなければいけない。よって、落とされればその間は試合に出られない。
一般的に先発は週一回、中6日なので、落とされると一登板ぶんほど投げる機会が減ってしまう。
監督からしても椎菜のことは相当に気に入ったようで、再登録後は無事にローテ入り、かつ打者としても9番スタメン。
打率.333、出塁率4割を守って、さらに4盗塁を決めている。本塁打がないこと以外は完璧と言っていい数字だろう。
先発としても、6回2失点、6回1失点、6回2失点で防御率2.52。一回は勝敗つかず、一回は抑えの外国人投手マース・ブッチーが炎上して勝ちを消されたが、2勝0敗の成績だ。
投打ともに、スタメン合格どころか、今すぐ三つ指ついてずっとレギュラー張ってくださいと言いたくなるほどの完璧ぶりである。
「褒めてくれる割に、使ってくれないんですよねぇ」
そう。椎菜の成績は凄いが、彼女はデビュー後全ての試合を球数無関係に6回で交代させられている。
野々香ほどではないにせよ、竜の祝福でスタミナの加算はかなりある。見た目よりは遥かに持つ自信があるのに、不完全燃焼なのだ。
理由は簡単で、しかも当然だろう。
高校生にして体も過去一番小柄、身長155cmの野球選手など聞いたこともない。
ニャンキース時代、最初は野々香も探り探り使われていたが、それと同じ……いや、それ以上だ。
いきなり一軍に上がったとはいえ、高校生、女子、155cmというだけでも、監督としては容易にフル出場させるわけにいかない。
「彼女は球界の宝だ。壊れれば、世界の損失となる」
内容は意味不明でも、ノムリッシュ監督は頭脳明晰な知将である。
内容は意味不明でも。
南だって、身長は162cmしかない。南の方は代打での活躍以降一番スタメンがメインで打率.250、6本塁打18打点。非常に雑なコンタクトだが無理やりパワーで運ぶスタイルでレギュラーを確保した。
体躯に似合わずパワーヒッター型の特徴を見せている南だが、男子である分マシなだけで、体力不足を疑われればすぐに休養を取らされるだろう。
野々香がほぼフル出場なのは、大人であることと、ニャンキースで一年それをしてきた実績があるから。
高校生は基本、体作りが優先で、試合で活躍し続けられるものではないのだ。
「なんでぇ。椎菜はもっと使ってほしいんかいの」
「あ、どりゅー先輩。こんちわです」
会話を聞いて不意に声をかけてきた男に、南が挨拶を返す。
平原怒竜。高卒デビューから半年でばっちり先発ローテの一角となった26歳。
年齢的には若いが、高卒デビューからずっとローテを守っているため、既にプロ8年のキャリアを持ち、60勝をあげている。
逆立っている緑がかった髪と鋭い目つきが、名前の通り怒る竜のような迫力を持つ男だ。
だが後輩の面倒見がよく、椎菜や南にも気さくに話しかけてくれる。
「平原先輩も、やっぱり最初は休まされていたんですか?」
「おー、そうじゃな。わしも最初は何度出せ出せ言うても中10日でしか出してもらえんかったわ。かっかっか!」
「何か、僕はできますアピール、みたいなアイデアはありませんかねぇ」
「いうてわしはガタイもそこそこだし、男じゃけぇのう。椎菜は直に言うか結果を出し続けるっきゃないじゃろなぁ」
結果が出ているうちはいい。
出なくなった新人をどう扱うかは、特に監督の度量が問われる。そして正解もない。
使って壊れた者もいれば、鍛え直しのつもりで落としたら一軍に帰って来ない者もいる。
しかし椎菜は、結果を急いでいる。
「僕は、野々香さんと戦いたいんです」
「うちも!ここまで来たら、まず交流戦まで頑張りたいよな。とりあえず一回ののちゃんと戦えるし」
セリーグとパリーグ、分かれた野々香と椎菜・南は頻繁にライバルとして試合することはない。
しかし、チャンスは3つある。
セパ交流戦、オールスターゲーム、そして、日本シリーズだ。
まずは、5月後半から6月にかけて行われる交流戦、ここで普段はリーグの違うチーム同士で1カード、3試合行われる。
椎菜と南は、この試合にどうしても出場したいのだ。
理由はもちろん、姫宮野々香がいるから。
「出番を絞るのが、僕の今後のプロ生活のためなのはわかります。でも、この試合は絶対に決着がつくまで投げたい。途中でおろされたくない。夢、なんです」
「チャンスは3試合、ののちゃんが投げてくれるタイミングだと、1試合しかないもんな」
プロ野球の選手生命はそれなりに長い。結果さえ出せば十年以上はやれるだろう。
一年待ったとて可能性が潰えるわけではないが……
椎菜は、そんな土台が瞬間で崩れることを知っている。何より、その土台作りすら諦めて、死すら覚悟した身だ。
だからこそ、なおさらチャンスがあれば、今すぐ掴みたい。生き急いでいると言われれば否定はできないが、その一度のチャンスを掴みさえすれば、自分の中でまた何かが変わる、そんな気がするのだ。
「そうじゃなー、そんなら……やることは一つ。ゼロに抑えるこっちゃな」
「むちゃ言うなぁ、どりゅー先輩」
「いやいやマジな話よ。それこそ、こないだの姫宮ちゃんの投球、映像で見んかったか?」
「見たに決まってるじゃないですか!」
椎菜がふんす、と力強く答える。
野々香は先日、4月24日のミラクルズ戦にてプロ初完封を成し遂げた。
研究兼趣味で、椎菜も南も野球中継のサブスクは契約していて、試合の展開や気になる選手の活躍は確認できる。
謎のニュースにより引退を賭けたのなんのと騒ぎになった直後の登板で、100球足らずで相手を捻じ伏せる野々香の投球は、当然しっかりと見ていた。
「ありゃ凄かったよなぁ、かっかっか」
「凄かったでしょう、そうでしょう。野々香さんは凄いんです」
「お……? おう、椎菜、思ったよりずいぶん食いつくんじゃな」
「あはは、うちら、選手であると同時に野々香さんファンですから」
珍しく目を輝かせてぐいっと寄る椎菜に平原は驚いた。
新人ということもあるだろうが、普段から落ち着いていて興奮したりはしゃぐ姿をあまり見たことがないのだ。
「けんど、見たならアレが答え、じゃろ。球数も少なく失点もしなけりゃ、監督も代えようなんて言わんしの。そんで最後まで投げ切っちまえば、今後も行けるんじゃ、と思ってくれるじゃろうなぁ」
「なるほどー、ののちゃんみたいにやるって考えたら椎菜もわかりやすいかもな。どりゅー先輩さすが!」
「かっか、お前さん褒め上手じゃなぁ、可愛い後輩め。……ん?っていうか比喩抜きで可愛いなお前さん。椎菜と南どっちも野球選手の顔面じゃないわ、どうなっとるんじゃこいつら」
基本チームでいる限り女っ気のない選手生活。
平原も意図せずに美少女(風に見える男あり)に囲まれて困惑気味だ。
しかしその男のアドバイスで、椎菜はきっぱりと「結果を出す」ことを決意。
「球数を少なく、無失点で抑える。これで、過保護な扱いから、抜け出します」
「おーおー、おもろいからどんどんやってこいや。同じ先発じゃから、椎菜登板日はわし休みじゃしな」
「どりゅー先輩、最後の最後でひとごと!」
五月最初のカード。
野々香に次ぎパリーグの初完封女性選手を目指し、椎菜の戦いが始まった。
涼城椎菜
投球成績 4登板 25回 7自責点 18奪三振 防御率2.52 2勝0敗
打撃成績 打率.333 0本塁打 8打点 出塁率.400 OPS .822 5盗塁
浅利南
打撃成績 打率.250 6本塁打 18打点 出塁率.298 OPS .798




