第131話 「勝てばいいんです」
二部・キャラクターおさらい
原出真桜……ウサピョンズ所属。現状本塁打王を独走中で、野々香に立ちはだかる最大の壁。おい女、とか言ってくる。
紅伊倉六花……原出真桜の幼なじみにして財閥の令嬢。原出への想い?が迷走し、野々香に嫌がらせをしてくる。ついには、勝手に引退を賭けた勝負を仕掛けてきた。
佐野逃流……六花の元で暗躍する記者。嫌がらせの実行犯。
新見怜楠……野々香が入団したネイチャーズの監督。渋オジ。
増村好人……ネイチャーズ中継ぎ。投手のまとめ役をこなす中堅で、投手・野々香の良き相談役。
トム・サトースキー……ネイチャーズ捕手。少し体型が気になるけど可愛い顔の愛嬌タイプ。のんびりした性格だが頭の回転は速い。
間宮来運……ネイチャーズ抑え投手。抑えメンタルなので、良くも悪くも適当。
月曜日。
試合後の紅伊倉六花とのやり取りにて大騒ぎを起こした野々香は、早速監督室へ向かった。
学駆から「間違いなく呼び出されて事情を聞かれるので、先に連絡をしよう」とアドバイスを受けたので、呼び出される前に一報を入れている。
「じゃあ、本当に引退を賭けた勝負なんて承諾していないんだな」
「はい。音声と映像が編集されていました」
「わかった、それは信じよう」
記事には証拠として、わざわざ対話の映像までねじ込まれていた。
一旦「いいよ」と承諾している部分を六花の「引退を賭けて」発言の後ろに差し込まれて、時々いないはずの原出の存在まで差し込まれ、二人を相手に野々香が喜んで決闘受諾をした流れに。
おそらく、六花の仲間により密かに録画されていたのだろう。敵意もないし、人目がゼロだったわけではないので、油断した。
静かな場所で対峙したのも、音声編集が不自然にならないための策だったのか。
原出は単体で唐突に画面途中に出現し、直立不動で立って思い出したように「うむ」とか呟いてるだけの露骨なコラなのだが、アレがアレだけに違和感がなくて困る。
「勝てば交際を許します、負けたら引退なさい」「随分優しいんだね?いいよ」「うむ」みたいな会話順なので、なんか原出も交際したがってるみたいに仕上がっていて、憶測がさらに余分に増やされている。
「まぁ、お前さんがマジで私闘を受けて、本気で負け即引退の意思があるってなりゃ話はこじれるんだが、そうじゃないなら無視しとけばいい話だな」
「あたしは当然、一年で辞める気はないです」
「なら、球団からその旨の声明を出しておく。東と相談して、SNSアカウントからも出させよう」
契約の主導権は当然球団にあるし、それに本人が承諾すれば契約は続行だ。
野々香の成績なら当然、そうでなくとも一年で自由契約や引退などということは絶対にない。
あるとすれば、刑事事件や懲戒案件、本人の任意引退くらいである。
なので、野々香の意思が続行であれば、これを他者が破って引退させるのは不可能だ。
「ただ、相手が財閥のお嬢様ってのが難点だな。何かしら外部からの邪魔が入れば、って心配はある。それに、世間はもう"そういう目"で見ちまってる」
「あんな不自然な動画でも、信用されるものなんですね」
「そりゃあ、そうさ。面白いもんな」
監督の表情に笑みが浮かんだ。
面白い、それはそうだ。選手同士仲良くしている場面なども近年は見るが、ライバル同士のバチバチの勝負というのは、長年ずっと続く至上のエンタメである。
たとえ契約や約束が関係なくとも、今後周囲は野々香と原出をライバルだと囃し立てるだろう。
勝ったら交際負けたら引退、は原出にとって得しかないのが不自然なはずだが、それを見過ごされるのも「面白い」からか。
「だから……空気に負けるなよ。何かあれば、球団が守る」
「ありがとうございます。それに、簡単な解決方法もあります」
「なんだい?」
「勝てばいいんです」
「ははっ」
監督の浮かべていた笑みは、はっきりと笑い声になる。
「ま、そりゃそうだ。君はそれでいいよ」
後のことはわからない。
わからないが、野々香の、ネイチャーズの目標は当然優勝。原出の打倒は、目的地への通過点としてそこにあるものだ。
ややこしい事をシンプルにまとめ切る、その姿勢に、新見監督は素直に脱帽していた。
「姉さん、どうなったんすか?」
「何かおかしなことになっても、僕は姫宮さんの味方だよ」
「引退なんか俺がさせねぇからな」
監督室での話を終えて部屋を出ると、SNSにメッセージが多数来ていた。
ニャンキース時代の同期、有人、助守、樹。三人のグループだ。
月曜日はプロ野球選手は皆、お休み。それぞれに、野々香を巻き込む事件を心配して、色々と気を遣ってくれたようだ。
「ののちゃん、また厄介事に巻き込まれてて心配だよ」
「野々香さん、リーグが違って手助け出来ないのが歯がゆいです。負けないでくださいね」
南と椎菜からも、メッセージが届いている。皆が、野々香のプロ生活を案じて、支えようとしてくれていた。
迂闊な行動で変なことになってしまったが、負けるわけにはいかない。
野々香はその一つ一つに丁寧に返事をし、お礼を言うと、改めて前を向いた。
そう、妙な逆境が増えたとて、問題はない。
勝てばいいのだ。
監督室を出たら、東馬鈴とも話をまとめる。
球団側と相互管理している野々香公式アカウントだ。
「大体、必要な言葉や定型文はこんな感じっすね。こっちで発表することも出来ますけど、いいんすか?」
「うん。やっぱり、こういうのは自分の言葉で表明したいからね。あたしが書くよ」
改めて事実関係の否定と共に、今後に向けての声明を、自らの言葉で行うことにした。
「いつも応援してくる皆様へ
この度はお騒がせして申し訳ありません。報道にあるような交際・引退を賭けた勝負の事実はございません。
しかし、原出真桜選手、ウサピョンズの皆さんは良きライバルです。
新人の身ですが、彼らに負けないよう、今後もプロ選手として励んでまいりますので、明日からまた応援よろしくお願いします!」
盛大に誤植した。
そして翌週。
チーム自体はまだエンジンがかかりきらないものの、こうした事件が起こった時の野々香のモチベーションは高い。
今度の金曜日、先発・野々香の相手は、前回、小技と粘りで失点を許してしまったミラクルズ。
今回はホームでのカードだ。
「スプリットは、おれはまだ使わない方がいいと思う」
「ですよね、ボール球になってましたもんね」
前回の試合では、相手の粘り腰に耐え切れず四球を出したことも失点に繋がった。
そこにボールになる新球の実践は、リスクが高い。
トムと話し合いの末、今回はストライク先行、直球を多投の方針に決まった。
これがズバリ、ハマる。
変わらず真っすぐを当てに来てファールで粘る打線に、初回こそ上位打線に苦戦したものの、まずは三者凡退。
二回、三回とテンポ良く投げ込み、時折カットボールを混ぜてゴロの山を築く。
四回をわずか42球で0点に抑えると、その裏。
「直球が得意なのは、原出だけじゃないっ」
四球で出塁した樹を置いて、うまくボール球で釣りだそうとする投球をきちんと見極める。
最後にストライクを投げるしかなくなったところを、ガツンと叩いた。
打球は破魔スタ特有の風に乗り、レフトスタンドへ。
自らを援護するツーランホームランで2-0とリードした。
こうなった時の野々香は止まらない。
ネイチャーズに入って一番と言える投球を見せると、七回まで78球、わずか二安打で無失点。
奪三振は3と非常に少ないが、カットボール中心の打たせて取る投球が綺麗にハマった。
「原出は例外として、速球とカットで打たせるピッチング、相性いいみたいだね」
「あはは、今日はこれ、中継ぎの出番ないかもなぁ、増村ぁ」
そう言いながら、一応準備のため増村と間宮がブルペンへ向かう。
しかし、監督もこれを見て、代える気はなかった。
「1点取られるまでは行くぞ。体力は?」
「あたしに体力の心配なんか、しなくていいですよ。ピチピチのキハダマグロですから」
「ピチピチ……?おう、頼もしいな」
監督の言葉に、野々香は自身満々に頷く。
これまでのプロ最長イニングは7。8回を投げるとなれば、初めてだ。
「大丈夫っすよ。こういう時の姫宮は、やりますよ。マグロですから」
「うん、そうだね。で、なんで大諭がそんなドヤ顔してんの?」
またベンチで後方彼氏面をする樹に、新見監督が苦笑い。
その謎の愛着を見せつけるかのように、七回裏に樹がタイムリーでさらに一点。
3-0とリードを広げると、八回九回も勢いは続く。
「イ・ウィステリア・フラッシュ!」
最後はお決まりの高目ストレートで、当てに行くつもりでバットを短く持った打者から空振りを取る、最上の投球。
球数、わずか98球。しかも、半数以上がストレート。
その平均球速は157kmという、凄まじいほどの直球勝負で、野々香はミラクルズ打線を完封した。
プロ3勝目は、"女性選手初の完投・完封勝利"という新たな称号と共に、9回無失点完封・勝利打点も自分という完璧な結果。
ゴシップが囃し立てる妙な噂を、正しく野球選手としての話題で、かき消したのだった。
姫宮野々香
投球成績 4登板 35回 10自責点 31奪三振 防御率2.57 3勝0敗
打撃成績 打率.314 8本塁打 23打点 出塁率.373 OPS 1.024




